19 十三年の孤独
噛みしめるように閉ざされていた頑丈なふたが、あっけなくもちあがる。
その光景をすぐには信じられず、わたしはダイヤルを手にしたまましばらく無思考状態でふたの開いた箱を見つめつづけていた。
不思議とその事実をみとめる気になれなかった。錠が開いてしまうことを、どこか残念がる気もちが胸のうちにあった。どこか先のばしにしたくなる気分が、胸のうちに巣くっていた。
けれど、ともかく。わたしは箱のなかにしまわれていたものに、そっと手をふれる。頑丈な錠でまもられていたそのなにかを、静かにもちあげる。彌野屢がこの荒廃世界に持ちこんだものがなんなのかを、たしかめるために。
取りだしたそれは、わたしには見おぼえのあるものだった。
それをかまえた彌野屢のすがたが、わたしの脳裏にあざやかにフラッシュバックする。
かわいた炸裂音と、横ざまにたおれる〈敵〉の様子が思いだされる。
拳銃。
命の危機にさらされたわたしを救うため、〈敵〉を殺すため、怯懦にふるえながらも彌野屢が手にしたゆいいつの武器。
これをもってきたかったの? おどろきとともにその拳銃を見つめ、たしかめ、それ自身に語りかけるようにわたしはささやく。ほかのどんなものでもない、これを彌野屢はえらんだの?
わたしは抱きしめるようにその拳銃を胸に押しつける。そこになにか、ぬくもりが宿ってでもいるかのように。その硬さをからだに押しつける。さらりとした涙が予告もなくわたしの目からこぼれ落ちる。わたしは胸のうちにささやきかける。わたしたちは〈敵のいない世界〉にきたんだよ。べつにこんなもの、もう必要はないんだよ。
もう誰かをまもる必要なんて、ないんだよ。
ばかだなあ。
わたしはその拳銃を大切に抱える。そこにこめられた彌野屢の想いに思いを馳せる。わたしはちいさく笑う。いいよ、わかった。そもそもわたしがいいだしたことなんだ。なにかがほしければ、戦わなければならない。それをうばいにくるものを、倒さなければならない。
彌野屢が起きるまでは、わたしが彌野屢をまもってみせよう。わたしはカプセルにむかってささやきかける。心配はいらない。どんな〈敵〉がやってきてもかならず撃退してみせる。だから彌野屢が目ざめたら、こんどは彌野屢がわたしをまもる番だ。どんな〈敵〉がやってきても、かならず撃退してみせてよ。どんなことがあっても、かならずわたしをまもってみせてよ。
だからはやく目ざめてと、わたしは胸のうちにちいさくつぶやいた。
彌野屢は目ざめない。
拳銃を握りしめたまま、思うのはいつも過去の出来ごと。
彌野屢の思い出。
緑ゆたかな森の生活。
沼のほとりで、うしろから抱きかかえた彌野屢のぬくもり。
もう戻らない日々。
彌野屢は目ざめない。
すすまない。
ゴールが見えない。
どこにいるのかわからない。
いつかたどり着けるなら、わたしはあるきつづけることをいとわない。ゴールに近づいているのなら、わたしは待ちつづけることに耐えられる。それがどこであろうとも。
でも、そうじゃないとしたら?
彌野屢は目ざめるの?
わからない。
どうして彌野屢は目ざめない?
わからない。
彌野屢は目ざめないのでは?
不安は時間を水増しさせる。ながい。ながすぎる。苦しい。耐えられない。そんなときは拳銃を握りしめ、それを握りしめた彌野屢のことを思い、過去に意識を飛ばして、凶暴な風をやりすごそうとする。そんなわたしの努力をあざ笑うかのように、苦しまなくていい方法があると、風はささやく。一瞬でケリをつける手段があるじゃないかと、ゆらぐわたしをそそのかす。一瞬だ。わたしは彌野屢の思い出に逃げる。必死に戦う。そうか、こういう〈敵〉もあるんだと理解する。からっぽの世界にも〈敵〉はちゃんといる。わたし自身という〈敵〉が。
ゴールが見えない。
待つことに、耐えられない。
時間はいま、あめ細工のように際限もなくとけつづけている。
彌野屢はまだ、目ざめない。
ねえ、 十三年は、 よう に
彌野屢 永遠 の なが
い。。。。。。。
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