18 yes
あなたが目ざめるのは〈
カプセルのなかでわたしはそれをきいていた。
あなたの寿命はそこから〈十三年〉ていど。スミレはわたしの髪にふれ、いつくしむようにいう。
それだけあればじゅうぶんだとわたしはこたえる。
スミレは目になみだをため、ふるえるのをこらえる声音でいう。メグがなにをえらんでも、わたしはそれでいいと思います。メグがえらんだことがそのまま、わたしの望むことになります。
わたしはかならず〈時間遡行機〉を見つけだす。わたしはスミレの瞳を挑むように見つめて、はっきりとした声でいう。
スミレはどこかさびしげに笑って、手を離す。
じゃあね、とスミレはいう。
またね、とわたしはいう。
そしてカプセルの蓋がとじ、眼前にあらわれた闇はわたしの精神にまで侵入して、空白としてのしなやかな眠りがわたしをそっとつつみこむ。
〈気ながな薄暮〉とスミレが名づけた光景が目のまえにひろがっている。
時刻はまひるのはずだがわずかに青をにじませたうごめく闇が空いちめんを支配している。地面は黒く鉄っぽい灰の堆積におおわれ生命の可能性を高らかに否定している。
上空をただよう塵の層はまだ厚い。陽の光とその熱エネルギーほとんど地上まで達せず、大気はこおりつくような冷気が重くよどんでいる。
つめたい死の結晶はあまりに強固で、地上のすべての動きはもはや、即物的な計算結果にしか左右されない。
崩れかけたビル。さびた鉄塔。たれさがるおびただしい数のワイヤー。砕かれたガラス。傾いた柱。焼けたゴム。銃痕。それらをおおう黒い灰。うしなわれた色彩、光、笑い声。
ほんとうに世界は終わってしまったのだと、地上に出てわたしはようやく実感する。わたしの知っている世界は存在しない。ほんとうに、この世界にはもう、生きとし生けるものすべて残らず消えてしまっているのだと、圧倒的な光景をまえにわたしはこころから納得する。
この世界にもうスミレはいない。
鼻の奥を、ほそい針のような悲しみが仮借なく刺しつらぬく痛みにおそわれる。わたしはその場にかがみこむ。とめようのない熱がやってきて、押しだされるようにわたしは泣く。覚悟はなんの役にも立たなかった。制御をうしなった濁流のような感情がわたしのからだをうばい、わたしを翻弄し、わたしはもう、ただそれが通りすぎるのをふるえながら待ちつづけることしかできなかった。
そしてもちろんそれは通りすぎたりすることなどないのだと、わたしは知っている。
部屋にもどると駆動音はあいかわらずひくく鳴りひびき、カプセルの蓋はしっかりと閉ざされたまま外部の干渉のいっさいを拒絶している。
〈計算上、
わたしはそっと彌野屢の眠るカプセルにふれる。微細なその振動を、肌で感じる。
変化はまだ見あたらない。
わたしはカプセルのかたわらにちいさな箱が置かれていることに気づく。片手で抱えられるほどのおおきさで、古風なダイヤル式ロックで錠をされている。ダイヤルの桁数は七桁あった。わたしはためしに〈0000000〉とまわしてみる。開かない。つぎに〈0000001〉。開かない。〈0000002〉。開かない。
はやく起きないと、勝手に開けちゃうよ。わたしはカプセルにむかってそうささやきかける。返事はない。静寂にひとしい駆動音がなんの変化もなく一定しつづけるだけ。〈0000003〉。開かない。〈0000004〉。開かない。
カチリ、カチリとダイヤルをまわす音が闇のなかにリズムをきざむ。時間は均質であることをやめようとせず、緩慢に増えつづけるダイヤルの数字は積極的にその事実に加担する。それ以外に変化らしいものはなにもない。
はやく起きなよ。ダイヤルをまわしながらわたしはささやく。まったくもう、いつまで寝てるんだよ。わたしは彌野屢のこたえをまだ、きいていないんだよ。
〈0000137〉。〈0000138〉。ダイヤルの数字だけが時をきざむ。〈0000139〉。数字は着実につみあがり、ゴールにちかづく。その事実がわたしに安堵をあたえる。どれだけそれが遠くとも、かならずそこへたどり着けるなら、わたしは歩きつづけることをいとわない。
いつかたどり着けるなら。
そして無限のような時間のあと、数字のならびを〈7955827〉にあわせた瞬間、ダイヤルはそれまでとちがうどこか異質な、かるい音の響きかたをした。
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