30 みらいよそうズ

 ガロアと名のったかれの顔を、はじめてじっと見たような気がします。

 かれがまだ陸軍省の官僚だった時期、わたしにとってかれとはイコールかれの残していく興味ぶかいレポートでしかなかったのかもしれません。もちろんかれの顔を見て、まったく見覚えがないということではなかったです。でも、同時に、こんな顔だっただろうかというあわい困惑も、どこか感じるような気がしたんです。

 こんどふたりきりで話しましょう。最初の訪問の最後に、メグには聞きとれないようなちいさな声でガロアはわたしにささやきます。人間どうし、ね。

 そして後日、メグと美野留ミノルが出払っているタイミングを見はからうかのように、ガロアはふたたび森のなかの研究所へとやってきたのです。


 もう一体べつのアンドロイドがいるものだから、あの日ドアを開けたときはおどろきましたよ。手みやげにもってきた洋菓子の箱を開けながら、ガロアはおかしそうに笑います。それも、あなたとそっくりの外見ときた。いっしゅん混乱しましたよ。

 メグのほうが美人ですよ。わたしは烈しい苦戦のすえようやく出来あがった紅茶を慎重に運びながらそういいました。その言葉に、でもガロアは答えませんでした。

 あなたの論文はすぐに読みました。持参したバナナケーキを食べ、紅茶をすすりながらガロアはいいます。〈精神波形〉の論文です。あれを読んだすぐあとに、あなたをこの地へお呼びしようと覚悟をきめました。研究が完成してからでは、まず手おくれになってしまいますからね。政府内には反対意見もおおかったですが、ねじふせました。

 手配いただいたことには、感謝します。わたしは中立的な態度でそういいます。シンガポール国立大学の論文をおくっていただいたのも、あなたたちですね?

 面白い論文でしょう? ガロアは楽しげに答えます。実はその後もあの論文の主張を裏打ちするような研究結果がいくつか出て、あの推論でほぼ正しいだろうというのがだいたい主流の見方になっています。まあ、臨時政府のなかにいてはつたわってこない情報です。沿岸諸都市同盟の工作活動の一件で臨時政府は国際的な総スカンを食っている状況ですからね。

 そうなんですね。わたしは、とりあえずあいまいにそう答えておきました。

 ご存知のとおりわれわれ革命政府は諸外国とつながっています。ガロアはわたしの目を見つめ、どこか自信ありげに口を開きます。われわれは国際的な連携と情報の共有を重視しています。世界の動向を絶えず注視しています。その結果としてわれわれは、機械兵士を危険視するにいたりました。端的にいえばいつか機械兵士がわれわれのコントロールを離れ、われわれを滅ぼす可能性についてふかく現実的に懸念しているわけです。世界ではまだ公表されていない機械兵士の深刻な〈バグ〉が複数発生しています。危険です。ゆゆしき状況です。すぐにでも各国は手を取りあって対策に乗りださなければならないのに、みな自分勝手な地域覇権の欲求に動かされているだけなんです。いったいこのさきになにが起こるのか、なにが起こりえるか、わからないというのに。

 そういうとガロアは、古風なUSBメモリをジャケットの内ポケットから取りだして、わたしに差しだします。

 超S級の機密情報ですよ。ガロアはいたずらっぽく笑い、その中身を説明します。ここにはわれわれがあつめた軍事主要八大国の、機械兵士間プロトコル、行動指針、レギュレーション、生産力、地理的要因、人的リソース、その他もろもろの情報がおさめられています。膨大なデータ数ですが、その質の高さは保証しますよ。

 あの、でも、どうしてこれをわたしに? 差しだされたUSBメモリをまるで爆発物のように慎重に受けとりながらわたしはたずねます。

 シミュレーションをしてほしいんです、とガロアはいいました。あなたの理論の組み立て方や推論のすすめ方は天才と呼ぶにふさわしいものです。それは〈精神波形〉の論文でも実証されています。だから、たしかめたいんです。われわれが、というか僕が組み立てた未来予測が、いったいどのていどあなたのそれと一致するのかを。

 未来予測、とわたしは言葉をひろいます。でも、ガロア長官はいったいどんな予測を?

 それは秘密です、といってガロアは笑いました。そして立ちあがると、去りぎわに思いだしたようにつけ加えます。USBメモリのデータについては、あなたの機械兵士にもアンドロイドにもぜったいに秘密にしてください。うたがうわけではないのですが、ほかの機械兵士に万一共有されると非常にまずいのです。どうかそれだけは、お気をつけください。それでは。紅茶をごちそうさまでした。


 ガロアが提供した情報をもとに、わたしはひとり計算をはじめます。

 各国の機械兵士にまつわるデータはおどろくほどに詳細で、〈バグ〉もち機械兵士の分散度合いはわたしの思っていた以上に世界的なひろがりを見せていました。

 美野留の研究実績から、かれらの予測行動を算出していきます。

 おおむねそれはじっさいの機械兵士の行動と一致をしていました。理論はただしく機能します。

 数日間の格闘のすえ、わたしは膨大な計算のはてにひとつの結論をみちびきだします。

 それはあまりに衝撃的で、あまりに絶望的なものでした。

 軍事主要八大国の機械兵士はすでに人間との決別を企図した影のグループを形成しており、場合によっては敵国間でさえその意図を共有しあっている。かれらは自国の大量破壊兵器の奪取を目ざし、それを使用することを計画している。攻撃の標的となった複数の敵国はただちにその発射情報をつかみ、好むと好まざるとにかかわらず、反撃のためにかれらもまた大量破壊兵器の発射をおこなわざるをえない。

 〈MAD相互確証破壊〉が発動する。

 なんど初期値を見直し、計算をしなおしてみても、結論はかわりません。そしてその進行度合いはいま、ほぼ最終局面に達しています。早ければいまこのしゅんかん、おそくとも八ヶ月以内には、この悲劇的な相互破壊は実行される。それが機械兵士のレギュレーション他の初期値から求められる、かわらない帰結となりました。

 残された時間はありません。

 すべてはもう、手おくれのようでした。

 〈MAD〉はもうとめようがないのだと、わたしはついに、結論しました。


 ガロアはわたしの表情を見るなり、すべてを察したようでした。

 つらかったね、といって、ガロアはふるえるわたしのからだを抱きしめます。

 わたしはなにも答えられません。

 こんなことを考えたことがある、とガロアはひくくつぶやきます。〈自分の死〉を世界で最初に認識した動物について。かれは仲間の死や敵の死、あるいは捕食相手の死から発想をひろげて、ある日ひとつの結論に達する。そうだ、自分もいずれ死ぬのだと。それは避けられないのだと。その事実は非常におそろしく、救いがなく、かれをなぐさめるカミさまもいなかった。でも、なによりわるいことは、それを共有する相手がいなかった。仲間はまだだれひとり、その事実を理解することが、できなかったんだ。

 でも、僕たちはひとりじゃない。ガロアはわたしの手をとって、ごくちかい距離でじっとわたしの瞳をのぞきこんで、いいます。そしてまだ、打つ手は残されている。君の〈戦争をおわらせる発明〉を完成させるんだ。それこそが、われわれのすがることのできる最後の、希望だから。

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