26 花火大会

 国内の治安情勢は、にわかに混迷の色をふかめていました。

 大陸での政策的な失点もかさなって、臨時政府の正当性を否定する言説が公然と巻きあがるようになり、政権の基盤はかつてなく脆弱なものになっていました。おそらくは外国勢力からの支援にささえられた、地方での散発的な抵抗運動は暴力的に発展をつづけ、臨時政府は、ついにタブー視されていた国防軍の出動をまねく事態へと追いこまれます。

 早期収束をのぞむ臨時政府によって派遣されたのは、新設の機械兵士による師団でした。

 抵抗する人間たちを制圧していく機械兵士たちのあまりに整然とした作戦活動は、それを黙殺する大手メディアにかわって非合法的なSNS上でまたたくうちに拡散し、政治的な不遇をかこっていた地方の人民に深刻なショックをあたえます。圧倒的な物量による機械兵士の軍勢が、やがて反抗的な態度の地方政府を力ずくで蹂躙じゅうりんするのではないかという恐怖が、かれらのあいだに現実のものとしてなまなましく共有されていきました。

 そんな状況のもと、多摩川の境界線上でむかいあう機械兵士どうしの偶発的な衝突が、やがて地方政府に対する正規の戦闘にまで突きすすみます。

 実に五年七ヶ月ぶりの内戦が、関東地方に勃発しました。


 空襲警報が日常化し、ときには迫撃砲の炸裂する音がくぐもってとどくこともありました。

 幹線道路を通過する戦車を見るのも、めずらしいことではなくなりました。

 とはいえ、人的な損耗はほぼありません。

 戦場はごくかぎられ、参加する戦闘員はどちらの陣営も機械兵士のみに制限されていました。人員への、ましてや民間人に対する毀損行為は徹底的に排除されていました。そんな事態をまねけば、おたがいにのぞまない全面的な対決へとエスカレートせざるをえなくなります。

 公共事業のようなものですよ、と情勢を楽観視したい臨時政府のスポークスマンはカメラにむかって自信ありげにいいました。公営の花火大会のようなものです。たしかに派手ですが、観客へむけて撃つようなことはありえません。おたがいへの不満をガス抜きする、一種のデモンストレーションとお考えください。弾が尽きれば話しあいがはじまります。ええ、われわれはいつでも、対話のみちを閉ざしてはおりません。


 〈花火大会〉かどうかはともかく、戦場では日々、たくさんの機械兵士が損耗していました。

 情勢はもちろん臨時政府側の圧倒的優位ではありましたが、まったく損傷がなかったわけではありません。すくなくない数の機械兵士が破壊されていました。戦場では、予期せぬトラブルに見まわれることもあったようです。

 そんな破壊された機械兵士のデータが分析用に送られてくることもありました。ただ、機密情報をまもるためにデータはかなり修正をうけていたおかげで、ほとんど役には立たなかったです。おなじ理由で損傷された機械兵士の実物も、提供をされることはありませんでした。

 もっともわたしも、機械兵士の研究をおおやけにしていたわけではなかったんですけど。

 実物の機械兵士を分析したいという思いは、日増しに強くなっていきました。実物にふれることで、研究の進展になにかよい影響をあたえるかもしれない。もちろん〈未知の特殊な意志伝達手段〉をもつ機械兵士は、いちぶの〈バグ〉をもつとされるかぎられた個体ではありましたが、それでも一般的な個体にふれてみるだけでも、えられるものはきっとあるだろう。そんなふうに思うのは、追いつめられている証拠でもありました。刻一刻と不穏さをます情勢のなかで、わたしはいつまで安穏と、自分勝手な研究をつづけていられるのだろう? 軍需的な発明への要求は、日ごとに圧力をましていました。

 戦況は、悪化するいっぽうでした。当初限定されていた戦域はすこしずつズレていき、規模も拡大しているようでした。もっとも政権は、それをみとめませんでしたけれど。


 そんなある日の夜更けすぎのことです。わたしの研究室の戸を、とうとつにノックする音がきこえました。

 こんな時間に誰だろうといぶかしみながらドアを開けると、いつの間にかすがたを見せなくなっていた、あの陸軍省のわかい官僚がほほえみをうかべて立っています。

 ごぶさたしています、とかれはいいました。お渡ししたいものがあるんです。時間はとらせません。ちょっとだけ、ドアを開けたままにしてもいいですか?

 わたしが返事をする間もなく、かれの背後から見しらぬふたりの男が布にくるまれたなにかをかついで、部屋のなかにはいってきます。ゴトリと置かれたその重々しいなにかは、ひとのからだほどのおおきさがありました。

 いったいなにを。わたしがそういいかけるのと同期して、わかい官僚はくるまれていた布を剥ぎとりその正体をわたしにしめします。機械兵士でした。烈しく損壊され、すでに自己修復システムは機能せずプログラムを完全停止させています。

 要するに、こわれていました。

 おもしろい機械兵士なんです。わかい官僚は、じっさいにおもしろそうに笑みをうかべてわたしに説明します。スミレさんの研究の役に立つと思って、おもちしました。かれはある種の〈バグ〉をかかえていたようです。なんでも戦場でめそめそと泣いていたんだと。〈もうやめてもうやめてもうやめて〉って。機械兵士ですよ? そんな情緒システムが組みこまれているはずはないのに。ただの不良品かもしれません。あるいはもっと、ふかい意味が隠されているのかもしれません。

 わかい官僚は機械兵士をはこんだ男ふたりに命じて、ドアを閉めさせました。

 見られるとまずいですからね。そういってかれはいたずらっぽく笑いました。機械兵士の検体は、手つづきを経た研究機関以外には持ちこまれないことになっていますから。ここにあることは、秘密ですよ。

 どうしてわたしにこれを? わたしは警戒心とともにそうたずねました。これ、陸軍省は承認していないんですか? そんなことをしたら、あなたの立場がまずいことになるのでは?

 陸軍省はとっくに退官しています。かれはほほえみを崩さないでいいました。

 え?

 これは僕個人がやっていることです。かれはしっかりとわたしの目を見ていいました。あなたに機械兵士の研究をすすめてもらいたいという、僕の勝手な希望です。

 でも、どうして?

 機械兵士を制したものが、戦争を制するからです。かれは足もとの機械兵士に視線を落とすと、それまでずっと貼りつけていた微笑みをようやく消して、静かにいいました。僕らはたぶん機械兵士についてなにかおおきく見落としている点がある。僕はずっとそう考えています。かれらには底しれないなにかが隠されている。そして誰ひとり、それに気づいていない。ここに非対称性があるわけです。いち早くそれを見抜いたものには、全員を出しぬくチャンスがめぐってくる。はやい話が、戦争に勝てるわけです。この混沌とした状況に、ケリをつけることができる。

 顔をあげるとかれは、また無害そうな微笑みを取りもどして、くったくない声でいいました。僕は革命を起こそうと思うんです。そのためにはあなたの研究が、必要なんですよ。


 わたしの研究室には一体の損壊された機械兵士が取り残されました。

 途方にくれつつも、同時にわたしには、すこしだけ歓待する気もちもあることを否定できませんでした。

 わたしは研究やら修理やらをはじめるまえに、ともかくかれに名前をつけます。

 〈美野留ミノル〉という名を、わたしはその機械兵士にあたえました。

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