22 機械仕掛けの愛着障害
そのころ大陸では、臨時政府とつながりのふかい沿岸諸都市同盟軍と人民解放軍のあいだの緊張が高まっていました。
緩衝帯を越境して侵入する人民解放軍所属のいちぶ機械兵士の行動が問題視され、国際的な議論が巻きおこっていた時期です。機械兵士のプログラムに未知の〈バグ〉がひそんでいることが指摘され、その解明がもとめられていました。
とどけられたレポートには、臨時政府と関わりのふかい研究機関による、検体の分析報告などもかかれていました。
そこに興味ぶかい記述があったんです。
〈バグをもつ機械兵士のいちぶには既存の理論では説明のつかない強烈な仲間意識をむすぶものがいる。かれらは意志を共有しあうだけでなく、いっしゅんの情緒的ひらめきさえわかちあうように見える。そのことがかれらの絆を異常なまでにふかめている。かれらは人間にとって未知の、特殊な意志伝達手段を構築している可能性があることを指摘しておくことは有用だろう〉
わたしはあることを思いだします。
おさないころに空想した、空間を飛びかう〈目には見えないなにか〉による意思疎通。
見えないその伝達網。
わたしはすこしずつ、こっそりと、機械兵士についての研究をすすめていきました。
かれらのもつ〈未知の特殊な意志伝達手段〉というものを、解きあかしたいと思ったんです。
〈仲間意識〉というものが、わたしにはうまく理解できません。
いつでも自分の味方をしてくれるものに対する、とくべつな愛着。そんなふうに定義してみたはいいものの、いつでも自分の味方をしてくれるような誰かなど、わたしにはいなかったです。
いたためしもなかったです。
じゃあ創ろうか。
そう思い立って、わたしは研究室で自分のためだけの発明品に取りかかります。
出来あがったのがマーガレットでした。
わたしは自分の脳機能を徹底的にトーレスして、マーガレットの思考パターンを創出しました。もちろんすぐに完全なものができあがったわけではないですが、開発は比較的順調にすすみました。トーレスの精度があがるたび徐々に会話はスムーズになっていき、マーガレットの会話プログラムは着実に〈それらしい〉ものへと近づいていきました。
でも、なにかがちがう。
マーガレットと会話をしていても、わたしはふと、空虚におそわれます。
この子には魂が、精神がないんだと、わたしはふいに気づくんです。
おびただしい計算のすえ、きめられたワードを吐きだしているだけなんだと、わたしは我にかえります。
それがわるいわけじゃない。人間だって、けっきょくはおなじことをしているんだとわたしはたしかに理解しています。マーガレットは〈チューリング・テスト〉くらいはらくに突破できる水準に達しました。発話方式も、表情の微細な動きについても同様です。マーガレットはまだボディをもっていないので正式な検査ができるわけではないですが、もしかしたら〈フォークト=カンプフ検査法〉だってパスできるかもしれなかったです。
でも、なにかがちがう。
わたしはどうしてもそこに、人間とはちがう〈なにか〉を読みとってしまうんです。
〈仲間意識〉を感じるべき、生きた対象としてとらえることができません。
どうしてだろう。
わたしは打ちのめされて、ついマーガレットに対して愚痴をこぼしてしまいます。あなたの〈プログラムくささ〉がどうしても消えなくて、あなたにとくべつな愛着をもつことがいまだにできないんです、と。
その言葉を口にしたあとで、いまのはあんまりだったかもしれないと、わたしは気づきます。
ちらと盗み見たマーガレットの視線は、しっかりわたしを見すえていました。
というかそれはあんたのせいだろう。マーガレットは、はっきりした声でそうこたえます。
わたしのせい?
わたしはあんたを模倣しているんだ。マーガレットはわたしをにらみつけたままつめたい印象の声でそうつづけます。だからわたしにあんた以上のことを期待するな。わたしに問題があるとすれば、それはあんたに問題があるんだ。わたしにとくべつな愛着がもてないのなら、あんたにだって誰も特別な愛着はもてないんだ。だいたいスミレはいままでに、そのとくべつな愛着とやらを誰かに感じたことはあるのか? ひとのことをピンぼけみたいにいいやがって。わたしが〈プログラムくさい〉ならスミレだって〈プログラムくさい〉んだ。トーレスの精度をあげたってそれはかわらない。むしろいっそう深刻になる。そんなこともわからないから、いまだに友だちもできないんだろ。
ちょっと。
必要なのはわたしじゃなくてスミレのバージョンアップだ。マーガレットはなおもつづけます。もっと人間らしくなれ。そのうえでトーレスしろ。そしたらたぶんわたしたちも友だち同士になれる。でもいまは無理だ。よくできた会話プログラムが二台ならんでいるみたいなもんだ。くり返すがそれはスミレの問題だからな。
わたしの問題。
スミレが先に経験するしかないんだ。すこしだけ声の印象をやわらかくして、マーガレットはさとすようにいいます。スミレが先に、とくべつな愛着をもつ相手を見つけるしかない。いつでも味方をしたくなる、誰かを。
それまではわたしは、研究室のすみっこで眠っていることにするよ。おやすみ。そういってマーガレットは、目を閉じてしまいました。
急に静かになった研究室に、わたしは取り残されます。
もうしゃべらなくなったマーガレットにむけて、わたしはそっと、笑いかけます。ありがとう。思ったことを、ちゃんとつたえてくれて、ありがとう。マーガレットはすなおないい子です。わたしももっと、見ならわなくちゃ。
マーガレットはそれから数年間、眠りつづけることになります。わたしがとくべつな愛着をもつ相手ができるまでは、マーガレットに魂を、精神を、あたえることができないと気づいたから。
でも正直、そんな相手ができるとはわたし自身信じることができませんでした。心も空気も読めないわたしに、とくべつな愛着をもってくれるような相手ができるとも、思えませんでした。
打算で近づくような連中は、そのころからすこしずつ増えていたんですけどね。
ともかくわたしの〈仲間意識〉をめぐる探求はいちど、振りだしに戻ってしまいます。
しばらくのあいだ、機械兵士に関する研究はいき詰まってしまいました。
そしてちょうどそんなころのことでした。
父の訃報が、わたしのもとに届いたのは。
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