2 LOVEずっきゅん

 スミレは天才だ。

 そしてまわりからもじゅうぶんに天才だと評価をうけている、そういうたぐいの天才だ。高等部進学のさいの推薦状にはひとこと、〈かのじょは天才である〉とだけかかれていた。

 スミレは幼少期にあたまの良くなる薬を飲んで、三日三晩高熱にうなされ、そして目ざめると天才少女になっていた。それいらいつぎつぎに学校の書庫を読みあさっては、画期的な発明品をいくつもいくつもつくりだした。

 すぐに役人の耳にはいって、スミレはこの〈天馬坂学園〉へとまねかれた。

 学園に初等部はなく、中等部のカリキュラムに組みいれられたものの、明らかにスミレはその内容でさえもてあました。すぐに授業へ出席しなくなって、スミレはひとり図書室にこもるようになる。

 規律を重んじる学園でさえ黙認せざるをえないほど、スミレは規格外の天才児だった。〈石化ジェル〉の発明は臨時政府から最上級の称賛をうけ、スミレの立場を不動のものにした。学園にはあらたにスミレのための研究室がつくられた。スミレはもう、教室へ顔をだすことさえほとんどなくなってしまった。


 そんなわけで、スミレには友だちがいなかった。心から信じあえる相手というものが、スミレにはよく理解できなかった。

 だから、創ってみることにした。

 あたえられた研究室の地下室で、スミレはひそかに少女型アンドロイドの作成に取りかかった。

 名前はもうきめていて、マーガレットといった。マーガレットはスミレと瓜ふたつの顔をして、スミレの思考パターンをトーレスしていて、実装された会話プログラムは、すこし口がわるかった。例えばいい天気ですねと声をかけると、晴れがイコールいい天気なんて狭量すぎない? とテンポの良い返事がやってくる。そんな感じだ。

 でも、けっきょくマーガレットは完成しなかった。完成するまえに僕があらわれて、スミレに話し相手ができたからだ。

 ボディもあたえられないままだった。

 マーガレットはいま、研究室の地階でそのままひっそりと眠っている。

 ある昼さがり、僕は掃除のついでにかのじょに声をかけてみた。こんにちは、はじめまして。美野留ミノルといいます。

 マーガレットはねむたげにゆっくりと目を開ける。な、に? ミノ、ムシ?

 いや、ミノムシじゃない。美野留です。

 ヨワムシ。

 ヨワムシでもないってば。きみは口がわるいんだね、まったく。

 ふむ、ナキムシくん。ところできみは、好きな女の子は、いるのかい?

 え? いや、いない、けど。どうしたの、きゅうに。あと、ナキムシでもない、べつに泣いてないでしょ。美野留だよ、ミ、ノ、ル。

 ふん。なるほど。まあ、どうせ好きなひとがいたところであんたみたいなピンぼけやろうは誰も相手にしないけど。

 え?

 ほら泣く。

 いや、泣かないけど。

 それじゃあわたしは、もう寝る。おやすみ、ヨワムシナキムシ美野留ちゃん。

 ちょっと?

 マーガレットは静かに目を閉じて、ふたたび眠りにはいってしまう。それきりもうなにもしゃべらなくなる。

 だいたいそんな感じだった。

 どうしてマーガレットをこんな性格にしてしまったのかと、ある日スミレにたずねてみた。

 すなおでいい子でしょ? というのがスミレの答えだった。わたしはコミュ障だし、いいたいことをなかなかうまくいえないです。だからマーガレットには、わたしの理想をつめこんだんです。思ったことを、遠慮なくはっきりした言葉でつたえることができるように。いいたいことをちゃんと、いえるように。

 スミレの満足げな表情に僕はあいまいに笑って、ちいさくつぶやく。でも、スミレだってとてもいい子だよ。それに、僕にはスミレのいいたいことは、ちゃんとつたわっているし。だから、大丈夫じゃないかな。僕はちゃんとスミレのことが、好きだよ。

 スミレはきゅうに口をつぐむと顔をふせて、いそいそとその場をはなれてしまった。


 スミレに友達はいなかったけれど、そのかわりにたくさんのファンがいた。

 研究室のポストにはそんなファンからの手紙がしばしば投げこまれていた。便箋いっぱいに熱烈な愛の言葉がつめこまれていた。

 なかには同性からのものもあった。

 手紙だけならまだいいものの、待ちぶせをしたり、つけ回したり、遠慮なく研究室のドアを叩くものさえいた。かれらはみないちようにしつこかった。なんどもなんどもくり返した。研究に没頭するスミレは集中をかき乱されてすっかり滅入っていた。

 いちど僕が出ていって、そういうの迷惑なんですと直接注意をしたことがある。

 待ちぶせていたのは背が高いうえにそれをもっと強調しようと髪をつんつんに立てた男だった。僕の言葉にかれは逆上して、どうせお前なんか、お前なんかただの××××××のくせに! と僕によくわからない罵声をあびせたあと、どこからか調達したらしい軍用ナイフを僕のわき腹に深々と突きたてて逃げてしまった。ずいぶんあっさりと刺すんだな、と遠のく意識のなかで僕は感心した。すごい行動力だ。

 ベッドで目ざめたとき、クールな天使さまは決意をこめて口を開いた。なんとかしないといけないです。

 スミレは二日間徹夜して新しい発明品をこしらえた。拳銃だった。殺傷力はない(それでも当たればけっこう痛い)ものの、撃たれた相手は狙撃手に対するいっさいの恋愛感情をうしなう、というおどろくべきシロモノ。グリップをとおして〈精神波形〉を読みとることで、狙撃手への感情を強制的に変えさせる強烈な精神波動弾を生みだすことができる。効果はてきめんで、あれだけしつこかった連中は三分間のうめき声のあと一律にスミレに対する恋愛感情をきれいさっぱりなくしてしまった。僕はもう、嫉妬にくるった誰かにわき腹を刺されることを心配しなくてもよくなった。

 スミレはこの発明品を〈トキメキ☆ハンドガン〉と名づけた。

 スミレのネーミングセンスはなかなかに残念なものだったけれど、僕はなにもいわなかった。

 トキメキ☆ハンドガンは逆の効果もねらえるスグレモノだった。弾倉を逆むきにこめて発射すれば、撃たれたものは特定の相手に対する恋愛感情を惹起じゃっきされる。

 火のないところに火をつける。

 問答無用で好きにさせる。

 そんな話をしたあとで、スミレはじっさいに弾倉を逆むきにこめてみせ、その銃口を僕にむけた。でもすぐに銃をおろすと、冗談です冗談、とぎこちなく笑って立ち去ってしまった。

 僕は痛いのはいやだったし、どのみち撃ったところでなにも変わらないのだから、スミレは僕を撃つ意味なんてひとつもなかったのだ。

 ファジーな関係性を保ったまま、冬がはじまるすこしまえ、僕は陸軍に拘束される。

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