4 MAD終末旅行
枯れた木ぎれをあつめて火をおこした。
その火を利用してインスタントコーヒーをいれた。乾パンの袋を引っぱりだし、噛みくだきながらそれをすする。
いま、車どめのアーチに腰かけている。
ぶあつく灰のつもった駐車場は広々として、車はいちだいも残っていない。コンビニのロゴを高くかかげた看板だけが、たいらな灰のなかから背の高い樹木のように生真面目に真っ直ぐにのびている。そして灰に汚れている。ロゴはすっかりあせて、色をうしなっている。
この場所から、ゆるやかな勾配でつづくふもとまでの光景を一望できた。すべてが灰色だった。民家も、道路も、商店も、街路樹も、うちすてられた車も、公園も、信号機も、あらゆるものがかわいた灰にまぶされていた。あらゆるものが灰の侵食をうけていた。灰は表面にこびりつき、色あいをけずり、なにもかもを骨に似せていた。空は荒涼としてうごめいていた。ときおり風を呼び、地面につもったごくかるい灰をうきあがらせた。
それ以外にべつだん動きというものはなかった。
食事をおえてから地図をひらき、いまのおおよその位置を推定した。
店内にもどり、あらためて商品をぶっしょくする。缶詰、マスク、ポケットティッシュ、ハンドタオル、乾電池、ライター。リュックのなかのものをすべてだし、ひとつひとつならべて整理する。不要なものをすて、よりよいものにいれ替える。隙間ができないようパズルのようにリュックにつめこむ。
最後に拳銃を点検する。
そとへでるとメグがいた。もう出発すんの? とたずねるのでもう出発すると僕はこたえた。
空のぐあいから降灰はしばらくなさそうだった。それでも、きょうもマスクをした。県道はさらに山ぶかいエリアへとすすんでいた。死んだ樹木がならんでいた。山をこえるまで、もうコンビニはあらわれないかもしれない。
僕はひと晩をすごした建物をふりかえった。ちいさくつぶやく。お世話になりました。〈どういたしまして〉〈掃除ありがとね〉
僕はじっとコンビニを見つめる。扁平で横にながいその建造物は、シャッターがすべておろされている。シャッターの片すみには赤いスプレーでなにからくがきがほどこされていた。灰を落としてその文字を読む。〈気をつけろ、MADが発動するぞ!!!!!!!!〉
同様のらくがきはほかの場所でもときどき見かけた。MADが略称でないこともあった。
文字はきまって赤かった。
道のさきに見えたガソリンスタンドに立ちよったがとくになにも見つからなかった。
事務机のなかには書類と筆記具くらいしかなかった。欲しかった詳細な縮尺の地図は見つからなかった。〈ごめんねー〉。壁には子供のかいた絵がはってあった。おとうさんおしごといつもがんばって。
部屋のおくからふと物おとがきこえた気する。拳銃をかまえて身を隠す。
誰かいるのか?
声をかけるが返事はない。
安全装置をはずし、引き金に指をそえ、息を殺す。
それきり音はきこえない。
空気はすこしもゆるがない。
じっくり時間をかけ、音のきこえた場所へとにじりよる。なにもない。なにひとつ動きはない。空耳だと確信を得るまでにたっぷり三十分ちかくをかけ、それから部屋をくまなく点検する。やはりなにもない。誰もいない。見つかるものはなにひとつない。
どっと疲れがやってくる。
へいへい
トンネルのすぐ手まえに民家があった。
窓は二階もふくめてすべて雨戸で閉ざされていた。玄関をこじ開けるのは容易だった。家のなかに生命の息づかいはなかった。かわいた金魚鉢には金魚の死骸さえ見つからなかった。
冷蔵庫の中身はすべて黒い残骸になっていた。書棚に地図はなかった。ソファーはとても座り心地がよかった。〈でしょ?〉
リュックのなかから尺度のあらい自分の地図を取りだす。いまいる地点は三叉路をこえたトンネルのまえ。おそらくここだろう、という場所を指でしめす。さきの道を指でたどる。トンネルの長さは1キロメートルをやや超えていた。山をつらぬいて、となりの県にはいる。
トンネルのむこうはどうなっているんだろう、と僕は思う。いまよりすこしはマシな光景だといいんだけれど。答えるものはいなかった。でも、ともかくかすかな希望だけは胸に準備して、僕は気もちのいいソファーから名残おしくも立ちあがり、そとへでる。
トンネルはなかごろで崩落していた。
おおきな岩に押しつぶされたたくさんの車が黒焦げになっていた。壁にはふかい断層のような亀裂がいくつもはしっていた。波うつようにコンクリートがゆがんでいた。
とおり抜けられそうになかった。
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