第18話 お仕事はちゃんとやる


 

「や ば い にゃ」

「忘れてた……」

「あはははは! まあなんとかなるっしょ! それで? シノちゃんは大丈夫なんさね?」

「……ぶっちゃけ、ダメです」


 翌日の放課後、アイドル部部室は闇に覆われていた。

 栄治はラパマの衣装作りに集中すると言い、それは確かにその通り必要になるので構わないのだが……問題は詩乃たち。

 週明けからテスト。

 成績の悪い者は来年度のクラス分けに影響し、補習、追試で合格点が取れるまで部活禁止なのである。

 アヴェリアにより特例として、詩乃はその処置の適応外とされたが、他の三人はそうではない。

 テーブルを囲んでお通夜の空気。

 そう、みんなテスト勉強をしていないのである!


「セキュイは勉強嫌いじゃないから……平気だと思うけど……エイニャは……」

「にゃーっ! 勉強嫌いー! この世で一番大嫌いにゃーん!」

「エ、エイニャちゃん……!」

「校庭走ったあと休憩中に勉強時間入れた方がいいかもださねぇ~。いいさね? シノちゃん」

「は、はい。……正直わたしもまだこの世界の文字、全部書けたり読めるわけではないし……」

「そいつぁやべーさね!」


 ははは、と軽い感じでラパマに笑い飛ばされる。

 結構笑い事ではない。

 校庭を五周ほど走ってから部室に戻り、水分補給しながらテスト勉強。

 詩乃は部活時間が終わって寮に帰ったあとも歌詞作り。

 昼間は当然、学園の授業。

 休み時間もテスト勉強に費やし、三日間過ごす。

 そうしていよいよ、その日は商店街で営業ライブ。

 商店街に客寄せとして歌って踊って、商店街のお店を紹介していくというもの。

 お店の紹介は各店舗の人が来て行うのだが、そのアテンドやサポートも行う。

 台本はもらっているがアドリブとなる事も多く、想定外の事態も起きうる。

 なので栄治も近くに同席。

 彼がいるだけで安心感が違う。

 とはいえ……エイニャは朝から浮かない顔をしている。

 その手の端末には、テスト勉強用の問題がポコンポコンと流れていた。


「…………」


 当然その様子に詩乃も顔色が悪くなる。

 他人事ではない。

 いくら赤点確定とはいえ、なんの努力もせずに特例処置に甘え続ける事など栄治が許してくれるはずもないのだ。

 そんなこの世界に対しても、今の生活を保証してくれているアヴェリアや学園に対しても腑抜けた不誠実な態度、義理堅い栄治が許してくれるはずもない。

 それに詩乃自身もそれは不誠実でやりたくないと思っている。

 だから必死に文字の読み書きは頑張っていた。

 それでも、見知らぬ言語を読み書き出来るようになるのはとても難しい。


(わたしも少し勉強しようかな……)


 泣きそうになりながら勉強するエイニャの姿に、詩乃か端末を取り出した時だ。


「エイニャさん、そろそろ意識を『アイドル』に切り替えて。中途半端になると後悔するよ」

「!」


 栄治がエイニャにそう、声をかけた。

 はっ、と顔を上げるエイニャと詩乃。

 そうだ、ここからはアイドルとして、プロとしてお金が発生する『お仕事』。

『テストを気にする学生』でいるわけにはいかない。


「あ……う、うん、ごめんなさいにゃん」

「いいけどね。学生として努力するのは悪い事じゃないもん。俺も学生時代は『仕事のせいで成績落とすのかっこ悪い。絶対成績は落とさない』って決めてたしね」

「「……!」」


 いや、本当どういう人生歩んだらこんな事を学生時代から考えられるようになるの。

 人格立派すぎない?

 己の意識の低さが恥ずかしくなる詩乃。


「こ、神野先輩は本当に……なんかすごいですね……学生時代から志が高くて立派というか……」

「なに言ってんの。俺高校は普通科志望だったよ。それなのに先輩から騙されてアイドル科受験させられたんだからね。いや、面接の時にダンス踊ってとか歌歌ってとか、変だとは思ったけどさ」

「え」


 それはむしろその時点で気づけ。


「陥れられてアイドル科に来ちゃったけど、だからって勉強しないでいいって理由にはならないでしょ。それに、『知的』なのもモデルとしての武器になるしね」

「ぶ、武器……」

「そう。転んでもただで起きない。武器になりそうなものはなんでも武器にする。俺みたいに才能も個性もない人間は、武装するしかないからね」

「え? 神野先輩めっちゃ顔いいのに?」

「あのね、俺レベルの顔であの業界生きていけるわけないでしょ。俺の顔なんてあの業界じゃ最低ラインだから」

「あ、あうう……」


 顔だけでなんとかなる場所ではないのだ。

 あっさり言い返されて、しかも説得力が相変わらず半端ない。


「だから、知識は……学力でもいいから、武器になりそうなものは全部武器に出来るように意識して生きた方がいい。寝てる時以外は気が抜けないよ。少なくとも俺の世界はそうだった」

「そ、そんな恐ろしい仕事だったにゃ……アイドルって……!?」

「ええっ」

「そういうわけではないけど、俺は才能がなかったからそこで生きていくためにそうしなきゃいけなかったんだよね。でも、俺はこの生き方が苦ではないからいいんだよ。同じ業界に足を踏み入れようとする人間全員が俺みたいに切羽詰まった生き方をする必要はないし、そうしなくても生きていけるやつはいるから」


 と言いながら、詩乃とエイニャの端末を没収していく栄治。

 初衣装にテンションの上がったラパマと、相変わらず衣装にウキウキしているセキュイからも端末を回収してきてにっこり微笑む。

 あ……と血の気がひいていく詩乃とエイニャ。


「それはそれとして、こっからはお金の発生するお仕事。もう一度言うね? お金が発生するの。デビューしてはじめてのお仕事……失敗したくないよね? 集中して頑張ってきてね?」

「「はっ、はいいっ!」」

「はい……!」

「はあーい!」

 

 ちなみに、初仕事は好評の中終了。

 目立ったトラブルもなく、比較的平和だったと言えよう。

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