第31話 お別れまでのカウントダウン


「大丈夫ですよ。基本的に神には『死』の概念がないので。霧散してしばらくすれば再生が始まります。でもまあ、同じ形にはならないでしょう。自業自得なのでご安心ください」

(安心していいもんなのかね)

「あ、あの、なにがあったんですか?」

「あー、うんまあ、とりあえず元の世界に帰る方法を呼び出しに成功した感じ?」

「えっ」


 驚いて栄治を見上げる詩乃。

 刹那の方は梓の記憶を共有し、事情を理解していた。

 だからステージ上に改めて降り立つ。


「すみません、締め切りがまずいので明日また迎えにきます。多分」

「「締め切り!? 多分!?」」

「えーと明日の夕方くらいには? 出来れば三日後か四日後……五日後……とかまで待ってもらえると助かるんですけど」

「は? アンタどこでなにしてる人なの?」

「とある地球の方で漫画家のアシスタントをしております」

「は!? ケルベロスが!?」

「居候先がたまたま漫画家さんのお宅でして……気づいたらお手伝いするようになってまして……そして締め切りが重なっていてヤバいのです」


 それはヤバそうだ。

 とても目が泳いでいる。

 どうしてそんな事になっているのか事情がまったく理解出来ないが、とりあえず待てというのなら待つしかあるまい。

 せっかく帰れるチャンスなのだ。


「俺としては今すぐ帰りたいんだけどな……」

「……帰る……元の世界に……」


 帰れる。

 その機会が、今目の前に。

 しかし詩乃はいまいち実感が湧かない。

 後ろを振り返ると、エイニャとセキュイとラパマが驚いた顔をしている。

 先程まで同じステージで歌っていた仲間たち。

 元の世界に帰るという事は、彼女たちと……。


「ちゃんと迎えにくるので! 一週間後に!」

「どんどん延びてんだけど!? 本当に来てくれるの!?」

「来ますとも! 弟がご迷惑をおかけしたようですし! ただ本当にちょっと締め切りが、ですね!」

「もう分かったよ! お仕事大事だんね! でも絶対迎えに来てよ!? ちゃんと報酬としてケーキでもなんでも甘いお菓子は作ってあげるから!」

「え! お菓子作ってくれるんですか!? 必ず来ます!」

(ええええぇ〜っ)


 梓といい、この人といい、本当に甘いものに目がない様子。

 では、と消えた刹那を見送ってから、ステージ上に今度は梓が死にそうな状態で現れた。


「ぐえッ!」

「あれ、お前なんか変な魔法で閉じ込められて自力で出るまで放置みたいな感じじゃなかった?」

「……自力で出てきたんだよ……! あんな触手系魔物だらけのところにいられないよォ!」

「うわぁ……」


 中は地獄だったらしい。

 あれだけの強さを見せつけた梓が半泣きで必死に出てくるようなところというのは、なんとも……。


「じゃあ転移魔法使えるようになったわけ?」

「え? いや、それはなんかこう、別っていうか? 出てくるのに必死でなにをしたとかよく覚えてないっていうか……?」

「お前またさっきのお兄さんにその謎空間に閉じ込められなよ」

「ひどい! むごっ! …………甘い〜!?」

「ご褒美だよ」


 そう言って栄治が梓の口に突っ込んだのはキャラメル。

 詩乃たちにも「疲れた時は甘いものがいいよね」と一人一粒ずつ手渡してくれる。

 いやいや、梓はともかく詩乃たちはそれでごまかされないぞ。


「あの、帰れる、んですか?」

「そう言ったじゃん」

「……それって……」


 ちらりと後ろを振り返る。

 エイニャ、セキュイ、ラパマ。

 この世界で出会った、詩乃の最高の仲間で、友達。


「お別れ……って事ですか……?」

「そうだよ」


 あっさり言い放たれる。

 突きつけられた、突然の別れ。


「でもなんか締め切りで忙しいみたいだからね。あと一週間……最後にどっかでライブしてお別れしたら?」

「……っ」

「さ、あとの事はアヴェリアや炎天丸に任せて一度控室に戻ろう。こっから先はこの世界の事情。この世界の人間が決める事だしね」

「そういう事だ」


 こつこつ、と足音を立てて炎天丸とその父親がステージに登ってくる。

 まだ困惑する場を、収めなければならない。

 それに素直に従って、控室に戻る詩乃たち。

 一週間。

 突然定められた期限。


「シノちゃん、帰っちゃうんにゃ……?」

「…………」

「なに? 残りたいなら残ってもいいよ? 俺は帰るけどね?」

「う、ううう……」


 葛藤はもちろんある。

 しかし「帰りたい」という気持ちがどんどん大きくなってきた。

 大好きな両親に、また会いたい。

 かけ替えのない友人たちと一緒にいたいとも思う。

 けれど、それでも……故郷に帰りたい。


「……うん、帰る……」

「っ……」

「家に……帰りたい……」

「…………」

「……。じゃあ、お別れライブ……頑張ろう……」

「!」

「セキュイ……」


 詩乃の手を握ったままのエイニャ。

 その手にセキュイが手を重ねる。

 三人の目には涙が滲んでいた。

 本当は別れたくなんてない。

 きっと帰れば二度と会えなくなる。


「そうさね……。大丈夫! 『SWEETS』は不滅だってばさ!」

「そうよ」

「アヴェリアさんっ」

「せっかくいろんなノウハウを得られたんだもの、『SWEETS』にはまだまだ頑張ってもらうわ。たとえリーダーが卒業していなくなっても。学園に『アイドル部』は残す」

「……っ」

「だから安心して元の世界に帰りなさい。大丈夫!」

「うっ……!!」


 みんなの優しさが伝わってくる。

 エイニャはきっと「帰らないで」というのを我慢しているだろう。

 セキュイとラパマは無理に笑って、アヴェリアは不安を取り除こうとしてくれていた。

 それが分かる。伝わる。

 ぶわりと涙が出た。

 彼女たちの心遣いが、嬉しい。そして、別れるのが本当に本当に、つらい。


「うわあああぁぁぁん……!」

「う、うわぁぁん! シノちゃーん……シノちゃぁぁん!」

「っ……」


 だからその日はみんなで泣いた。

 悲しいのと、嬉しいのと、切ないのでいっぱいだった。

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