第32話 アイドルに——
「初めましての方も、そうじゃない方もこんにちはー! 『SWEETS』でーす!」
五日後、体育館ホールで詩乃の卒業ライブが行われた。
アヴェリアの命令で強制的に全校生徒が集められ、一回りも二回りも成長した『SWEETS』が披露される。
『興味のない人にも興味を持ってもらう』術。
まだまだ未熟だが、今自分たちに出来る最高のパフォーマンスをすれば伝わる人にはきっと伝わるのだ。
「〜〜〜♪ 〜〜♪」
だから心を込めて、四人では最後のライブを楽しむ。
炎天丸の誕生日パーティーで歌った新曲を歌い上げたあと、四人の目尻には自然に涙が溢れていた。
——二日後。学園寮門前。
「ひっぐっ、ぐず……」
「もう泣かないでよシノちゃんんんっ! エイニャもまた泣きたくなってくるうううぅ」
「もう泣いてるし……。……えっと、元気でね……」
「うんっ、うんんんっ! みんなに会えて良かった……ありがとう、ありがとうねっ!」
「こっちこそだよおおおっ! 寂しいよぉ、シノちゃーん! うにゃぁぁぁんっ」
「っ……」
「あらあら。もぉー……ラパマお姉さんまで泣きたくなってくるじゃないさぁ〜、もおおっ」
ぐす、ぐすと四人で鼻を啜る。
肩を抱き合い、別れを惜しんだ。
「どうもお待たせしました。あれ? 梓はもう出てきたんですか?」
「ひい!」
「遅ーい」
「すみません。準備がよろしいようなら、お送りします」
本当に現れた刹那が、空間に黒い炎で大穴を作る。
人一人が通れそうなその空間の先には、見た事のあるバス停があった。
詩乃はカバンと、お土産と言われて持たされた大きな袋を握り直す。
もう、これでお別れだ。
「本当に帰るのか?」
「帰りますけど」
「惜しいわよねー。もっとゆっくりしていけばいいのに」
「やーですー。俺はお仕事がしたいので」
アヴェリアと炎天丸に引き止められながら、栄治はさっさと空間の先にジャンプする。
そのあとを続いて梓も向こう側へと飛んだ。
残るは詩乃のみ。
「……じゃあね、みんな……元気でね……本当に本当に、いっぱいいっぱい、ありがとう」
「…………シノちゃん……」
「元気でね……セキュイたちも、アイドル頑張るから……シノちゃんも……」
「うん……うんっ、あっちでもアイドルになる。絶対なるよ……」
一歩、後ろに下がる。
涙を拭い、改めてエイニャたちを見つめた。
写真も撮った。
ライブ映像も貰った。
思い出も、たくさん。
「あ、アイガシノ!」
「!」
彼女たちに背中を向けて、一歩、進んだ時だ。
名前を呼ばれて、その声の主の方を見た。
白虎リシン……エイニャの兄。
これまで詩乃とまともに話した事のなかった彼が、どうして見送りに来たのだろう?
不思議に思っていると、封筒とリボンの巻かれた一輪の花を手渡された。
「……炎天丸様のライブは感動した。ファンになった。元の世界に戻っても、君のアイドルとしての活動を応援する。ずっと」
「えっ!?」
「そ、それだけだ。では、息災で……」
「あ……ありがとう! 頑張る!」
初めて貰ったファンレターとプレゼント。
それを大事に抱きしめて、顔を上げる。
「ありがとうみんな! 絶対忘れないから!」
「エイニャたちも!」
「絶対忘れない……!」
「あっちでも頑張るんさね!」
「健康第一よ!」
「栄治にもよろしく言っておいてくれ」
「はい! みんなも!」
最後は笑顔で手を振って、相賀詩乃は元の世界に戻った。
そこにいたのは、『里球』ではなく詩乃の時代の『地球』の服装をした刹那と梓。
そして栄治。
場所はあのバス停だった。
「そういえば梓はこっち来て良かったの?」
「えー、栄治がケーキ作ってくれるって言うからァー!」
「ああ、うん、言ったね。お兄さんにも言ったね」
「はい! 締め切りを倒したので次の締め切りまでフリーです! こちらのホテルのケーキ食べ放題も捨てがたいのですが、神野栄治さんはお料理が趣味だとお伺いしているのでぜひ、その手前の方を賞味させて頂きたく!」
「うぇ、詳しいね……いいよ、知り合いのレストラン貸し切りにして全部材料費経費で落とすから……あ、その前に今何月何日の何時?」
スマホを取り出すが、電池はとうの昔に切れている。
そういえば、あれから三ヶ月ほど経った。
入学式が四月十日だったので、こちらとあちらの時間が同じなら今は六月のはず。
「今日ですか? 今日は六月十日ですね」
「あ、やっぱり三ヶ月経ってるのね……」
「すみません、時間を巻き戻したりするのは禁忌の一つなんです。事故などで矛盾などが起こらなければ、三ヶ月程度なら戻す事も問題なかったんですが……この世界には俺だけでなく他の兄弟も多く滞在しているので秒でもバレるかと……」
「ああ、バレたら色々やばいんだっけオタク。まあいいよ、とりあえずスマホ充電出来るところ行こう。うちの事務所でいいか。相賀さんも来る? 親御さんに連絡しないといけないもんね」
「え、あ、は、はい!」
親に連絡。
栄治の事務所の社長が詩乃の両親に上手く言っておいてくれた、と聞いているが……。
(帰ってきたんだ……)
先行く栄治たちについて、歩道を歩く。
本当なら四月から通学路になるはずだった場所。
徒歩で十分ほど、詩乃が家族と住んでいるマンションとは逆方向の場所に建つビルに入っていく。
エレベーターを出るとすぐに事務所、という造りには驚いたが、そこにいたのはピンク色のもふもふとした髪の男の子。
車椅子でワークデスクに向かい、パソコンを打っていた。
栄治たちに気がつくと顔を上げてにっこりと微笑む。
「お帰りなさい。大変でしたね」
「本当だよね。社長全然迎えに来てくれないし」
「それは本当に申し訳ないです。僕は制限が多いもので。でも自力で帰ってくるあたりさすが栄治ですね」
「はあ? 当たり前じゃん。……三ヶ月のブランクは痛いしね」
「さて、それで……そちらが?」
「! あ、相賀詩乃と申します!」
ちらりと見られて、頭を下げて挨拶した。
最初の挨拶は大切だ。
特に新人アイドルは元気に、ハキハキ笑顔でしっかりと。
栄治に学んだ事だ。
「初めまして、僕は春日芸能事務所社長の
「……いえ、とても、素晴らしい出会いと得難い経験が出来ました」
「そうですか」
デスクから離れ、タッチパネルを操作して近づいてくる。
最近の車椅子、ハイテク。
そしてやはりとても若い。
詩乃と同い年くらいなのではなかろうか?
「相賀さんのご両親には、うちの事務所の方で入学式にスカウトして、半年間の超過密スケジュールのタレント研修を受けてみないか、とご提案させて頂きました。相賀さんがとてもやる気なので、ご両親の方に許可を頂きに行きましたら快く了承してくれましたよ」
「スカウト!? 超過密スケジュールタレント研修!?」
「まあ一時預かり、みたいな形ですけど……『うちの娘の才能が認められた』ととても喜ばれてしまいましたね。そんなわけで相賀さん、しばらくうちの事務所と仮契約してみませんか? 今回の件は公表してもいいですけど、ネタとして誰も信じないでしょうし……」
彗はちらりと栄治を見上げる。
詩乃もそれに釣られて栄治を見た。
なぜかそっぽを向いて、唇を尖らせゆるふわウェーブのかかった髪を指先に絡めていじっている。
「……いいんじゃないの。俺のしごきに三ヶ月耐えたんだから。超過密スケジュール研修、やったのと同じでしょ。うちは俳優とモデル中心で、アイドルはまだいないけど……社長がアイドル界の方にも進出して、その足がかりにしたいっていうんなら……まあ、俺の弟子って意味でも話題性あるし……?」
「っ!」
「ふふふ。……という感じで、うちの事務所は俳優とモデル中心です。アイドルとしてやっていくのはちょっと大変かもしれません。それでもうちの事務所でよろしければ……どうでしょう?」
「よろしくお願いします! ……引き続き、ご指南よろしくお願いします、神野師匠!」
「ぐっ!」
くすくすと笑う彗。
その後ろで「お腹すいたー」と言い出す梓。
元の世界に戻ってきた今、あれは夢だったのではないかとさえ思う。
でも手元にはお土産と花と封筒。
そういえば、と封筒を開いてみる。
メッセージに詩乃の世界の言語……日本語、ひらがなで『おうえんしてる』と書いてあった。
あの厳しい顔をしていたリシンが詩乃の初めてのファンになってくれたのだ。
そのカードを抱きしめる。
ダンサーを目指していた頃は、ファンなんていなかった。
また一からやり直しだ。
でも、なぜか不安はない。
(みんなと一緒にいる。なにも無駄にしない)
この日、相賀詩乃はまたアイドルを目指した。
異世界アイドルプロジェクト! 古森きり@『不遇王子が冷酷復讐者』配信中 @komorhi
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