第4話 学園長アヴェリア


「お会い頂き光栄です」

「……!」


 違う。別の人間のようになった。

 栄治の空気が変わったのを、詩乃は肌で感じた。


「まずは自己紹介を。俺は神野栄治と申します。職業はモデル。他にもアイドルや役者経験もあります。こちらは相賀詩乃さん、後ろの彼は楠梓といいます」

「……珍しい名前ね?」

「ええ、異世界から来たばかりなんです、我々」


 央玉アヴェリアは目を目開く。

 その中に微かな輝きを見て、詩乃は少しドキリとした。


「異世界から来た?」


 声が弾む。

 それに栄治が笑みを深めた。


「はい。不思議なバスに乗って、ここで降ろされました。証拠になるかは分かりませんが……」

「それは? モニターデバイスではないわね?」

「触ってみますか?」

「まあ、いいの!?」


 栄治がスマホを彼女に差し出す。

 するととても興味深そうに手に取り、色々といじり出す。

 ボタンを押してモニターが光ると「まあ!」と声を出した。

 目の前にパソコンのようなものがあるのだが、やはり詩乃の世界のパソコンとは何かしら違うのだろうか?


「すごいわ、こんなもの初めてみた。なるほど……四角い形で、とても薄いしシンプルだけど……これはこれでかっこいいわね……」

「この世界にはやはりないものなんですね」

「…………」

「他にも証明出来るものですか? うーん……相賀さんはなにか持っています?」

「え?」


 突然の無茶振り。

 しかも目が笑っていない。

 確実に「しくじったら殺す」と物語っている。やばい。これはやばいぞ。


「え、えーと……」


 恐る恐る自分の鞄の中を見る。

 なにか、なにかないか。彼を怒らせず、彼女を納得させるような……。

 もはや心臓は早鐘のようだ。


「これはなに?」

「え? こ、これ? これはイヤホンだよ」

「いやほん?」


 梓の顔が近い。鞄の中を覗き込むように近づいたその綺麗すぎる顔に、そっと距離を取る。

 なにか察した栄治が梓の首根っこを掴んで引き離し、詩乃に対して頷いた。それでいい、と。

 こんなもの、百円ショップでも買えるのに、いいのだろうか。

 戸惑いながらも差し出すと、彼女はまた瞳を輝かせた。


「それはなに? なにに使うものなの?」

「使い方教えてあげて」

「わ、わたしがですか!?」

「女性に近づくのはちょっとね」

「? ……は、はい」


 栄治が気になるのなら、仕方ない。

 確かにイヤホンは耳につけるものだ。

 栄治が彼女の耳にイヤホンをつけるところを想像して、詩乃は顔がカッと熱くなる。

 なるほど、いけない。


「これは、わたしのスマホなんですけど……」

「まあ、あなたも持っているのね」

「はい、わたしの国の人は一人一台は常識なんですよ」

「これを? ふーん。……彼のとは少し違う機種ね。それにこれは、カバー?」

「そうですよ」


 栄治は手帳タイプのカバー。

 詩乃はシリコン製のウサギのカバーだ。

 イヤホン差し込み口にケーブルを差し込み、アヴェリアに先端のイヤホンを耳につけるように教える。

 戸惑うか彼女に「本当に知らないんだ」とちょっとした衝撃を受けつつも、結局は詩乃がアヴェリアの耳につけてあげる事にした。


「きゃっ」

「え! ご、ごめんなさい!?」


 なのに、耳にイヤホンを入れたらそんな声を出されておののく。

 しかしアヴェリアはほんの少し頬を赤くして「あ、大丈夫よ。ちょっと耳が弱いので」と言う。

 耳が弱い?

 イヤホンカバーが合わなかったのだろうか?

 心配する詩乃に、アヴェリアは恥ずかしそうに「くすぐったかっただけよ」とつけ加えた。


「で、このあとどうするの? 音が聞こえづらいわ」

「ちょっと待ってくださいね」


 机の上に置いたスマホを操作する。

 音楽アプリを選び、お気に入りの曲を流した。

 せっかくなので目の前にご本人がいる『星光騎士団』の曲。

『星光騎士団』は東雲学院芸能科で、未だに引き継がれるグループ。

 いわゆる古豪というやつだ。

 詩乃が調べた限り、東雲学院芸能科でアイドルグループに所属する校則が出来てから今に至るまで、残っているグループはたった三つのみ。

Limiterリミッター』、『LOVEエルオーブイイー』そして『星光騎士団』。

 他のグループは同級生同士で結成したためそのまま消滅したり、その名前でデビューしたり、新入生が入ってこないまま消えたりしていた。

 つまり残っているというのはそれだけですごい事だし、そのグループに入るのは大変、という事だ。


(そう考えると神野先輩ってやっぱりすごい人だよね。目の前にいるのが信じられない……)


 その『星光騎士団』は男性のみのグループ。

 東雲学院芸能科が主に男性アイドルの育成に力を入れているのもあるが、その名前からして女子ウケがいい。

 当然その名前の通り曲も『騎士団』らしいわけだが、果たして異世界の女性にも『騎士に愛を囁かれる』曲は受け入れられるだろうか?

 詩乃は歌詞をじっくりと聞いて、あまりの恥ずかしさに音楽に集中するようになってしまったのだが。


「………………」


 無言だ。そして無表情。

 アヴェリアのその『無』に、詩乃は若干引いた。

 どんな気持ちの顔だこれ。


「……なんの曲流したの」

「『星光騎士団』の『星光ナイト20XX年バージョン』を……」

「なんで俺のいた年のやつ持ってるの……! 意味分かんないんだけど……!」

「だって……! この年のリーダー、鳴海なりうみケイト様じゃないですか……!」

「あいつね! ああ、はいはい! アイツのファンなのね理解!」


 鳴海ケイトは現在知らぬ者のいないアイドル『CRYWNクラウン』のメンバー。

 彼は卒業と同時に以前組んでいたメンバーたちと共に今のグループを立ち上げ、現在もアイドルタレントとして活躍している。

 あまりに人気があり、現在のアイドル界は『CRYWN』一強時代と言われているほどだ。

 だから東雲学院は男性アイドルを育てたい。

 女性アイドルは溢れに溢れて、その分比較的穏やかに安定的な人気がある。

 問題は男性アイドルなのだ。

 そんな現代のアイドル界。

 女である詩乃は『安定的な人気を確保出来る女性アイドル』の一端にしかなれないだろう。

 それでもアイドルになりたい。

 もうアイドルしか道はないと思っている。

 そのために自分なりに勉強して、目標にしたのが『CRYWN』だった。

 誰か一人を推しているではなく、『CRYWN』というグループメンバー全員がすごいと心から尊敬している。

 そう、いわゆるリスペクトだ。

 栄治と、その『CRYWN』メンバーの一人、鳴海ケイトは同級生。

 あわよくばちょっと鳴海ケイトについて聞いてみたい。……聞いてみたかった。今思うととんでもなく無謀だな、と思う。


「あ、あと星科新ほししなあらたも『星光騎士団』じゃないですか……神野先輩の、後輩ですよね? 星科新……」

「そうね。え、なに箱推し?」

「『CRYWN』箱推しです……」


 ※『箱推し』——数人グループの場合、そのグループを応援する事。

 全員を応援する事になるのでお金がいつも足りなくなる。むしろ月の給与全て注ぎ込んでも足りない。

「うちの推したちが今日も尊い。貢ぐために五兆円欲しい」という思考になりがち。


「若いのに大変だね」

「ど、どういう意味ですか……!」


 金銭面で。

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