第3話 異世界の学園


「とりあえず迎えが来るまで生活出来るところが欲しいよね」

「え、あ、そ、そうですね?」


 言われてみれば、その通りだ。

 しかしホテルに泊ろうにも先立つものがない。

 日本にいた時のお金がこの世界でとんでもない価値があり、数年過ごせる……とは考えづらいので、下手をすれば野宿、という事も考えられる。


(あれ? もしかしなくても結構とんでもない状況?)


 栄治があまりにも冷静に色々対処してくれているから気づくのが遅れたけれど、男二人と女一人。

 無一文も同然の状況で異世界に投げ出されている。

 頭の中にはどなどなどころかお金の代わりに、いかがわしい店で体を使い働かされる己の姿が——!


「なんかないの」

「まさかの俺への丸投げェ」

「とりあえず俺は出来ない事の方が少ないから、宿屋とかで働いてあげてもいいよ」

「すげぇ上から目線じゃん……そんな事言われてもなァ」

「じゃあお金持ってそうな人紹介してよ。転げ回してなんとかするから」

「アンタ怖すぎるんですけどォ! マジで下手したらにーにーずより怖ェよ!?」

「……質問に答えてくれる?」

「あうううう……そんな事言われても〜。俺だってこの世界に来たの昨日だし!」

「なるほど、とても使えないのね」

「…………!!」

(む、むごい……)


 仕方なく、栄治の提案で町の中心部に移動する事になった。

 梓も肩を落としながらついてくる。

 完全にこの場の支配権は彼のもの。

 やっぱりいかがわしい店に売られてしまうのだろうか?

 そんな不安を抱きながら、いよいよ綺麗な立ち並ぶ町の中へとはいってきた。


「わあ……!」


 先程までの不安はどこへやら。

 町の中は美しく区画整備されており、洋風の街並みは海外のようで詩乃はテンションが上がる。

 海外どころか異世界なのだが、それも忘れそうだ。

 大きな用水路はキラキラと透明で、大きな石橋がかかっている。

 その左右に十分な大通りの広さ。

 さまざまなお店のショーウィンドウ。

 物語の中に入ったようで、あっちこっちをキョロキョロ見回す。


「す、すごーい! アニメの世界みたい!」

「ま、確かにこれはこれで貴重な体験だけどさ……今度ファンタジーもの演じる時役立ちそうだけどね」

神野こうの先輩はお芝居もやるんですか?」

「一晴が役者だから、たまにそっち系のお仕事ももらえるんだよね。まあ、だいたい一晴とセットにされるけど。ゲームとか、アニメのゲスト声優とかなら、やるよ」

「へー! そんなお仕事もあるんですね!」

「でも結局は他人の仕事場だからね。一晴は本業だけど……」


 一晴……鶴城一晴。

 頻繁に名前が出てくる栄治の親友。


(本当に仲が良いんだなぁ。いいなぁ、わたしも学校で、こんな風にずっと切磋琢磨しあえる友達が……欲しいなぁ……)


 鞄を抱き締める。

 栄治はいつか迎えがくるとは言っていたが、それがいつになるかは分からない。

 もし、三年後だったら?

 詩乃はあんなに頑張って入学した学校を、一度も通う事なく辞めなければならないのだろうか?


(いやだ。せっかく夢を見つけたのに……)


 アイドルになる。

 新しい詩乃の夢。

 ダンサーは、無理だ。自分には才能がない。

 でも、これまで培ってきたダンス技術を無駄にはしたくなかった。

 アイドルなら、それが活かせる。

 そう思ったから——。


「……そういえば相賀さんは学生かぁ」

「え? は、はい」

「じゃあ学校に行った方がいいよね。アレ、多分学校じゃない?」

「え?」


 梓も顔を覗かせる。

 栄治が指差したのは大きな塀に囲まれた巨大な建物。

 門の前には見るからにモンスターのようなものが居座っている。

 お城か? と思うほどに大きいそれを、栄治は「学校」と予想した。

 いやいや、アレのどのあたりが学校なのか。

 そう思うのに、スタコラとその建物へと歩いていく。

 行動力ありすぎではなかろうか。


「これ学校? よくそんな事分かるなァ」

「城ならあっちの方にあるし、街中に造るあのレベルの建物は病院かホテルかショッピングモールか学校、役所……で、その中で建物全体を『塀』で囲って『門』が必要なのって学校だけだよね。生徒を守らなきゃいけないから。他のは基本的に『広く人を受け入れなければならない』場所だもん」

「「お、おお……」」


 なるほど……。

 二人の声が揃う。


「でもあの門の前にいるのなに?」

「ゴーレムじゃないか? なに? 壊すゥ?」

「壊さなくていいよ。とりあえず話しかけてみて」

「え? ……。え? 俺が?」

「当たり前じゃん。俺や相賀さんは言葉が通じないかもしれないし、か弱いんだよ。お前戦闘種族だろう? 万が一襲われても平気でしょ」

「…………ハイ……」

(鬼なの?)


 言ってる事はごもっともなのだが、理不尽が過ぎるような気がしないでもなく。

 あの綺麗な顔で、しかも無表情のまま捲し立てられると逆らえないような。


「ん? 戦闘種族……?」

「そう。アイツの弟が知り合いにいるんだけどね、確かそんなような事言ってたよ」

「幻獣、とは聞きましたけど……普通の人にしか見えません……」

「幻獣に限らず、上位種族は化けるのが上手いって言ってたよね。下の弟の方はまだ化けるのが苦手な子もいるみたいだけど」

「! 他にもご兄弟が?」

「なんだっけ? 八十人兄弟とかなんとか」

「は、八十人!?」


 それはすごい大家族だな、と思ったが、栄治が聞いた話だと「種族の人数もそれしかいないって。まさしく『幻獣』だよね」との事。

 人間の数が全世界で七十億人と言われる地球。

 それに比べて一つの種として八十人しかいないのだとしたら……確かに『幻獣』と呼ばれるのも仕方ないかもしれない。


「……そんな人が地球にいたんですね」

「上手く化けてるから普通は気づかないよ。俺も出来れば知り合いたくなかったよね」

「そ、そうなんですか?」

「アイツの弟と知り合いなの。二人。なんかうちの世界は来たがるやつが多いみたい。甘いものがたくさんあるし、美味しいからとかなんとか」

「え?」


 甘いものが?

 確かに甘いお菓子が多種多様に存在する世界だと思うが、そんなにも?


「ねーェ!」

「ああん?」

「なんの用ですかって!」


 ゴーレムに話しかけていた梓が声をかけてくる。

 どうやら言葉は通じたらしい。

 歩み寄ってみると、ゴーレムは比較的可愛らしい顔をしていた。

 目がぴこぴこと光る。


『○*¥$€>〒』

「なんて?」

「ご用件は? って。……分からないの?」

「分からない。相賀さん分かった?」

「ぜ、全然分かりませんでした」


 ゴーレムの言葉が分からない。

 アジア圏の言語に似ていると思うが、そもそも英語も苦手な詩乃。

 その他の国の言語なんて、まったく理解出来ない。


(え? っていうか、本当に言葉が通じない感じ? え? そ、それ、ど、どうしたらいいの!?)


 言葉が通じない場所に来る事なんて、考えた事もなかった。

 いつか海外旅行はしてみたいなー、と思っていたけれど、その時はスマホの翻訳機能でも使えばいいだろう、と。

 しかし目の前にいるのはゴーレム。

 ここは海外どころか異世界。

 スマホの翻訳機能など、役に立つわけがない。


「そうか。言葉が通じないのは大変だよねェ。ちょっと二人とも後ろ向いて」

「「?」」


 梓にそう言われて、栄治が迷いなく後ろを向いたので詩乃もそれにならう。

 すると後ろからうなじに指がトントン、と軽く叩きつけられた。


「いいよ」

「? なにしたの?」

「通訳魔法をかけたの。この世界にいる間は、この世界の人間の知識を使って自動で言葉が分かるようにしておいたよォ。まあ、でも文字は読んだり書いたり出来ないけどねェ」

「そう。まあ言葉が分かればなんとかなる。ありがとね」

「ありがとうございます!」


 それでは改めて——。


『ゴヨウケンハ』

「ここは学校ですか?」

『イエス。紫紅国立央玉学園しこうこくりつおうぎょくがくえんデス。見学ヲ ゴ希望ノ方ハ 1ヲ。入学希望ノ方ハ 2ヲ。教員希望ノ方ハ 3ヲ。学園長ニ ゴ用向キ ノ 方ハ4ヲ。ソレ以外ノ ゴ用向キ ノ 方ハ5ヲ。押シテクダサイ』

((テレホンセンター?))


 ガコンとゴーレムの胸が開く。

 びっくりはしたが、栄治は迷わず4を押す。

 学園長に会って、そしてどうするつもりなのだろう?

 しばらくするとゴーレムは『ゴ予約ヲ 受付 致シマシタ』と言い、口からなにやら紙を吐き出した。

 そこには『通行証 3名 4番-1』と書かれている。


((整理券……?))


 意外と現代日本と変わらないのだろうか?

 そう思いつつ、ゴーレムが脇に逸れる。

 校門が自動で開いていく。


「身分証の提示とか要らないんだね?」

『真ッ直グ オ進ミ クダサイ』

「はい、どうも」


 ゴーレムの指示通り、真っ直ぐに進む。

 噴水、左右対象の庭、高価そうな岩の玄関。

 扉は自動で開き、中から小さなゴーレムが迎えに現れた。

 建物の中は時々人の声がする以外、とても静かだ。

 おそらく授業中なのだろう。


「結構俺たちの世界と文明レベルは近そうだね……」

「そ、そうですね……でもちょっとまだアニメの世界みたいな感じです。今話題の異世界転生モノ! みたいな!」

「ああ、ナーロッパね。確かにそんな感じなのかなぁ? このゴーレムも魔法? 魔法ねぇ……」

「魔法……まさかこの目で見られるなんて!」


 きゃあ、次第にアニメやゲームの中にしかない魔法の存在にテンションがまた上がり始める詩乃。

 反対に栄治は溜息を吐き、魔法など造作もなく使える梓はそんな詩乃にポカーンとなっている。

 小さなゴーレムは三人を三階の東の棟へと連れていく。

 その最奥に一際豪華な扉があり、そこへと通される。

 シンプルな白い壁や床、天井に、木目がくっきりとした本棚が左右の壁にびっしりと並ぶ。

 前方には大きな窓と、その前には立派な木製の机。

 さらにその上にはパソコンのような機器。

 人が立ち上がっても分からないような大きな椅子がくるりと回転して、金髪碧眼の美少女が現れる。


「やあやあ、いらっしゃい。わたくしがここ紫紅国立央玉学園長、央玉アヴェリア! 一体どんな面白い話を聞かせてくれるのかね? わたくしの時間を消費させるからには当然、素晴らしいお話しなんだろう?」

「……」

 

 ドキリとした。

 この人は、おそらく甘い人間ではない。

 それが肌で伝わってくる。

 先程栄治に感じた『威圧感』のようなものがあるのだ。

 ちらりと詩乃は栄治を見上げる。


「っ」


 見上げて、そして目を見開いた。

 笑っている。とても美しく。

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