第5話 売り込み開始!?
「…………これは一体、なんなの?」
「え、あ……音楽を聴く時に、周りに迷惑にならないようにするものです」
「?」
「えっと一度外しますね」
イヤホンをつけた状態では分かりづらかろう。
一度イヤホンを外し、自分でつけてみて改めて説明する。
そして実際彼女側から音が聞こえるかどうか聞いてみると、アヴェリアは目を丸くした。
イヤホンを片方外す。
「聞こえましたか?」
「い、いいえ、なんとなく、音楽を聴いているんだろうなというのは分かるけど……なんでそんな事をするの?」
「んー、他の人に迷惑をかけないため、ですかね?」
「あとは曲に集中出来ますよね」
「そう、ね……」
「この世界に、音楽はあるんですか?」
栄治がそう切り出した。
詩乃は未だに、栄治がなにをしたいのか分からない。
アヴェリアは首を縦に振る。
「もちろんよ。音楽も歌もある……けど、これは……こんなものがあるなんて……これがあれば家じゃなくても音楽が持ち運び出来るのね……すごい……」
「…………」
にや、と栄治が笑う。
その笑顔の美しさ。美しい故に恐ろしい。
「俺はその歌を歌う仕事をしてた事があるんですよ。その曲も俺が歌っている一人です」
(ええ、嫌がりながらもしっかり売り込んできた……)
「歌? これを?」
「相賀さんもそれを目指しているんです。『アイドル』といいます」
「……アイドル? 歌手ではないの?」
「まあ、アイドル歌手とも言います。アイドルタレント、とも……アイドルとは言わば人々の偶像を具現化した存在。虚像であり、現実であり、真実でもある。人に夢を見せ、人に愛され、誰よりも輝く。歌を歌えば上手いだろうという期待をされれば歌を歌うし、ダンスが踊れるだろうと期待されればダンスも踊る。愛を囁いて欲しいと願われれば、応援してくれる人々全員に平等の愛を与えます」
しん、と室内が静まり返る。
引き込まれた、彼の語る『
(そうだ)
詩乃が見てきたアイドルたち。
みんなキラキラ輝いて、夢を見せて愛されていた。
楽しそう。いや、きっと楽しいんだろう。
だってあんなに笑顔で歌って踊っている。
自分もあんな風に輝きたい。
あのステージの上なら……。
(どんなに踊っても私はダンサーにはなれない)
小学生の頃に、ダンスをやらないかと友達に誘われた。
楽しそうだと思って、そして他の友達に仲間外れにされたくなくて一緒に通うようになる。
しかし、詩乃をダンス教室に誘ってきた少女は天才だった。
ダンス教師も教える事がもうない、とより高度な勉強の出来るところへ紹介状を書き、さっさといなくなるほど。
残された同級生たちはさっさと辞めてしまったけれど、詩乃だけはダンス教室に通い続けた。
分からない。なにか一つくらい自分にも……欲しかったのだ。
『ダンス楽しいよね』
『練習したら出来るようになるの楽しいよね』
『一緒に踊ると楽しいよね!』
うん、うん、と頷きながら、その言葉に同意しながら、心の中はぐちゃぐちゃだった思春期。
彼女は天才だったから、自分は凡人だったから。
そう、その時初めて『人の理想のかたち』を目の前にした。
ダンスは人より踊れるけれど、真の天才には敵わない。
でも、自分の頑張りを自分で否定する事だけはしたくない。
そこから逃げるわけではない、アイドルにはダンスも必要だ。
自分の武器であり、好きの形そのものだったダンスを、これからも続けていきたい。
その願いは……新しい夢になった。
キラキラした——……。
(わたしの、わたしだけの、夢)
偶像。
みんなに求められる、ステージに上がる自分の姿。
きっと誰よりもその偶像になる事に、夢見てる。
「でも、まずはそんなアイドルの『用途』についてお話ししましょう」
「用途?」
「そう。この世界に『歌』や『音楽』があるのは分かりました。俺たちはこの世界に来たばかりなので、この世界がどんな世界なのか分かりません。帰る方法はいつ来るか分からない迎えを待つしかない。そんな中で生活していかなければならないので、俺たちはこの世界について知りたいし、生きていくために自分が出来る仕事をしたい。だから『アイドル』について売り込みます。売り込むには説明が必要。そう、用途についてね」
「な、なるほど?」
ほう、とアヴェリアが感心したように頷く。
どうやら詩乃たちが異世界の人間だと、だいぶ飲み込み始めたようだ。
この世界は『閉じた世界』と梓は言った。
本来なら、詩乃たちの世界と同じように『異世界』なんて夢物語に違いない。
それでも、栄治は自信満々に『売り込み』を開始した。
(すごい)
ここまでの事が果たして自分に出来るだろうか。
詩乃一人なら、そもそもあのバスに乗って無事に降りられたか怪しい。
「この世界にテレビ……娯楽番組のようなものは?」
「? えーと、ドラマや映画の事かしら?」
「そうそう、あるんですね。ではこういうモニターはどうやって売っているんですか?」
「え? 電気屋さんに行けばあるわよ?」
「なるほどなるほど。なら、俺たちの仕事は成立しますね。まあ他にも色々活動の場はありますが」
「…………なにをするつもり?」
やや不安げにアヴェリアが問う。
詩乃も梓も栄治の質問の意図が分からなかった。
それに対して栄治は笑みを崩さない。
完璧な笑み。
人を惹きつける笑みとはこの事だろうと、頭の片隅で思う。
「俺たちの世界では、アイドルとはその存在自体が『ブランド』であり価値があります。人々の求めるイメージを具現化しているのですから、ある意味で当然ですよね? そしてそのイメージを、商売に使うんですよ」
「商売に……使う?」
「そう、たとえば今使ったイヤホンでご説明します。このモニターを見る限り、この世界でもイヤホンは生産出来るでしょう。そしてそのイヤホンを売る時に、俺のようなアイドルが『宣伝広告塔』になるのです。残念ながらこの世界では俺の知名度はゼロ。まあ当然ですよね、異世界から来たばかりなので。でも、たとえば信用出来る人が『これはとても便利だから使ってみないか』と声をかけてきたら央玉さんはどうなさいます?」
「え? そ、そうね……実際試してみても、これは今までにない革新的な商品だと思うわ。売ってたら買うと思う……」
「そうそれです」
パチン、と指を鳴らす栄治。
それ。
アイドルという『ブランド』が持つイメージ。
新商品は知名度もなく、またどんなにいいものであってもお金が絡むと渋る客も多い。
その二つをつなげる事で、とある事象が起こるのだという。
「前提としてアイドルには知名度が必要ですが、アイドルの『用途』とは商品イメージを上昇させ、販売促進に繋げる効果を持たせる事です。商品が売れればアイドルの知名度もイメージも上がりますし、次にアイドルが紹介する商品も売れやすくなります。お客さんはいいものが手に入るし、経済も回る。どうです? 悪い事なんてなにもないでしょう?」
「……っ!」
あんぐりと口が開いた。
(と、とんでもない売り込み方……!)
これでなんとかなるのだろうか?
強引すぎでは?
それに、前提としてそれはアイドルに知名度がある場合の話だ。
異世界から来たという怪しげな人間たちを、この歳若い少女がすんなり信用するとも思えない。
そもそも、異世界から来た、なんで信じてくれるんだろうか?
ちらり、と詩乃はアヴェリアを見る。
「素晴らしいわ! その話、乗った!」
(えええええっ!?)
「そうよ、なにかがずっと、引っかかっていたのよ。それだわ、わたくしが求めていたもの……魔法が発展しているから、CMだけで物は売れると言われているけど違う! そうじゃない! そうしてCMだけで買ったらイマイチだった事はたくさんあった! だから調べて調べて、本当はどんな物なのか、どう使うのか、どうしたら壊れるのか、耐久年数は? そういうの全部自分で調べなきゃいけなかった。商品説明には書いてないものもあるし!」
それは悪質なのでは。
若干突っ込みたくなる。しかし、それよりも興味を惹かれる単語があった。
「ま、魔法、やっぱりあるんですか!」
「ええ、あるわ! え? あなた魔法が使えないの?」
「俺たち異世界人なので」
「まあ!」
改めて驚かれた。
そして、アヴェリアにまじまじと覗き込まれる。
「……そう、本当に異世界人なのね……」
「し、信じてくれるんですか?」
「まあ……この世界にはないものを持っているし……今のプレゼンも興味深かったし……。魔法に驚くあたりも、ね?」
「今の言い方だと、この世界の人たちは誰でも魔法が使えるんですか?」
栄治が首を首を傾げながら完璧な笑顔で聞くと、アヴェリアは「ええ」と頷く。
そしてテーブルの中から三通の封筒を取り出した。
「異世界から来たばかりならこの世界の事をなんにも知らないって事よね?」
「は、はい」
「そうです」
「ならばうちの学園に通う事を許可するわ。それにアイドルの話を聞いて思いついたの。わたくしが欲しいのはそれだったのよ! 魔法は確かに便利だけど、このままでは枯渇してしまう。だからこそもっとこういう道具が普及すればいい……そう思っていた。ええ、これよ。これだわ! 物を売るために、これ以上ない存在だわ! 『アイドル』!」
「……え、あ、あのう?」
詩乃に。栄治に。そして梓にも。
アヴェリアは封筒を押しつけていく。
中身は——。
(よ、読めない)
梓の魔法で言葉は分かるが、文字の読み書きは出来ない。
立ち上がったアヴェリアはなにやら興奮状態。
拳を握りしめ、キラキラした目でそれを振り上げた。
「アイドル! そうだわ、これからの時代に絶対に役に立つ! この学園にアイドル科を作りましょう! 国立であるこの学園にアイドル科を設ける事で、周知が図れる!」
「わあ! アヴェリアさん!」
どーん、と片足をテーブルに載せ、拳をシュッシュッと振るうアヴェリア。
の、パンツを鞄で隠す詩乃。
さすがにミニスカートでやったら、栄治に見えてしまう。
この世界の、そういうモラル的なものがどんなものかは分からないが、栄治が顔ごと背けているので詩乃的には隠すのが最善、という結論に至った。
「こうしてはいられないわ! すぐに新設の手続きを取らなければ! ああ、あなたたちはその入学届と臨時教員契約書にサインしておいてちょうだいな! さすがに今年中に学科の新設は厳しいから部活動から始めましょう! 言い出したのはエージなんだから責任持って『アイドル』普及を手伝いなさい! そうしたら寮もただで使わせてあげるわ! そうそう、これよ! わたくしが求めていた新しい風! これだわこれー! ラパマー! わたくしの悩みが解決したわよー! きゃっほーう!」
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