第6話 アイドル伝説の始まり(?)
ばたん。ドドドド……。
遠のく足音を聞きながら、封筒を持ったまま固まる三人。
なんだか、入れてはいけないスイッチを入れてしまったような……。
「……臨時教員とかマジ? そこまで考えてなかったんだけど?」
「えっと……入学届って事は……この学園で面倒見てもらえる、って事なんでしょうか……?」
「まあそうなんじゃない? 上手くいきすぎてちょっとキモいけど」
(ええ……)
封筒の中身を取り出して、応接用のテーブルを囲むソファーへと座る栄治。
書類をあっさりとテーブルに放る。
「読めないし書けないんだけど。ねえ?」
「えぇ……そんな事言われてもさァ」
そんな『困った時の梓くん』みたいに……。
頭をかきながら栄治の横に梓が座るので、詩乃も手前のソファーに座る。
テーブルに書類を取り出すが、やはりなにを書いてあるかは分からない。
これはどうしたものだろう?
「アヴェリアさんが戻ってくるまで待ちますか?」
「まあ、それしかないよね。とりあえずなんか色々支援してもらえそうなところは支援してもらおう。寮って言ってたから住む場所は確保出来そうだよね」
「は、はい」
それは本当に良かった。
今日泊まるところもなかったら、どうしたらいいものかと思っていた。
しかし、それだけでは生活していけない。
「この世界の社会制度とかも教わらないといけないよね。だいぶ俺たちの世界に近いみたいだけど……魔法がある。……でも魔法は『枯渇』するみたいな事言ってたから……案外分岐点みたいなところに遭遇しちゃったのかもね。面倒臭そうな空気」
「ああ、だと思うぞォ。基本的にどんな世界でも魔法は魔力がないと使えないんだけど、この世界は魔力の原材料になるマナが枯渇気味なんだ。だからそのうち使えなくなる」
「え、そ、そうなんですか? なんで枯渇しそうなんですか?」
「さぁ? でもそういう時って大体人間の人口増加とかが原因なんだよねェ〜。人間ってある程度文明が進歩すると突然爆発的に増えるじゃん? それについてこれないんだよねェ〜。その上自然破壊とかするしさァ〜」
そういうものなのだろうか?
そんな事を言われても、詩乃にはよく分からない。
きっと考えた方がいい事なのだろうけれど、少なくともここは異世界。
「今は考えなくてもいいだろう」と、とりあえず目の前の謎の言語が書かれた書類と改めて対峙する。
サインする欄のようなものは見つけたのだが、さてどうしたものか。
「それはあとでいいよ」
「え? で、でも」
「文字の読み書きはあとで習おう。どうせ必要になる。それよりこれからやる事を五つに絞って伝えておく」
「え、は、は、はい!」
姿勢を正す。
栄治が提示した五つの『これからやる事』。
「一つ、迎えが来るまでの生活基盤の確保。いつ戻れるか分からないから、あまり物はため込まないように」
「は、はいっ」
「一応定期的に梓を使って社長と連絡は取るようにするけど」
「ひぇ、俺になんの了承もなく定期連絡装置にされてる……」
「一応、相賀さんの事も説明はしておいたよ。社長の方から相賀さんのご家族に連絡がいくと思うから……」
「え?」
なんて?
思わず聞き返してしまう。
一体どんな説明が……?
詩乃の家は一般的な共働き家庭だ。
しかも一人っ子。
それなのに両親にどんな説明をするというのだろう?
「まあ、多分大丈夫。多分」
「た、多分……!」
「それより二つ目」
「は、はい……」
「自分たちでも帰る方法を探す。今のところ最有力なのは梓なんだけど、梓だから梓以外の可能性を模索したい」
「うわあ、真横にいてこんなにストレートに失望を表明されると虚しいんですけどォ!」
「はあ? わざとに決まってるでしょ。悔しいなら俺たちを元の世界に帰す努力をしてよね」
「ええええぇ……!」
(り、理不尽の権化……!)
もちろん詩乃だって帰りたい。
親になにも言わずに異世界……しかも入学式の日にこんな事になるなんて思わなかった。
でも目の前にあるのは異世界の学校の入学届け。
そしてこれからここで迎えが来るまで生きていかなければならない。
不安でいっぱいだが、やるしかないのだ。
「えっと、三つ目は……」
「三つ目は味方を見つける。この世界で暮らしていくには俺たちはハンデが大きすぎる。味方というか支援者だね。さっきの学園長がそれになってくれると大変助かるんだけど、まだ向こうの出方がよく分からない。情報が足りなさすぎる」
「……は、はい」
「だから四つ目は情報収集を絶対に怠らない事。情報は生き物であり、どんな世界であっても正確な情報を持っておく事は絶対マイナスにはならない。もちろん世の中、知らない方がいい事もある。でもそれは、そんな事は知ったあとじゃなきゃ分からない」
こくん、と頷く。
正直栄治の言う事は少し難しい。
難しいけれど、なんとなくその通りなんだろうな、と分かる。
……つまり詩乃はほぼ栄治の説得力……話術で転がされていた。
「五つ目はこの世界に『アイドル』という職業を根づかせる事」
「!」
えっ、と目を見開いて栄治を見た。
すると人差し指を唇に当てて、妖艶な笑みを浮かべつつ「覚えておきな」と前置きする。
「爪痕を残せないアイドルなんて秒で埋もれる。女子は特に消費期限もあるしね」
「しょ、消費期限……?」
「そう。可哀想だけど女子のアイドルは頑張って三十歳まで。二十歳になったら身の振り方を考えないと、仕事なんか来なくなるよ。俺たちの世界の世間が求める
「…………っ」
「でもこの世界は
知りたくなかった現実。
でも、この世界はそうじゃない。
まだそんな現実は、この世界にはないのだ。
「出来るかどうかは分からないけど、迎えが来るまでこの世界にいなきゃいけないなら『爪痕は残す』。そうでなきゃプロとは言えないよね?」
ゾワ、とした。
戦慄。
体が、震えた。
(アイドルは、女の子のアイドルには消費期限がある。わたしはアイドルに、漠然となりたいと思ってた。でも、それで将来どうするのか、とか、考えてなかった。多分神野先輩が言う以上に過酷なんだ。どうしよう。でも、今更……諦めるなんて出来ない!)
なら、やる事は一つだ。
いや、具体的に提示されたこの五つは当然として——。
「神野先輩! わたしはアイドルになれますか!」
「だから向いてないって」
「でもやりたいんです! わ、わたし……わたし……ダンスを小さな頃から習っていたんですが……」
なにを言っているのだろう。
こんな事を言われたって栄治は困るだろに。
なのに、止まらない。
小さな頃からダンスを習っていた。
でも、到底敵わない『天才』がいて、自分はいつもステージの隅の方。
センターで踊る彼女が羨ましかった。
自分も、いつか——……そんな夢を見続けて、見続けて……。
(勝てない。無理だ。どんなに努力してもわたしは彼女と同じステージに立たない。それが分かった。わたしは逃げた。諦めた。そして、それでも心の片隅に未練が残っていて……歌って踊れるアイドルを……)
惨めだ。自分には才能がない。
それなのになぜか、あのステージの上でスポットライトを浴びたいと思ってしまう。
他の誰でもない、自分があの場所に立ってみたい、と。
「こんなわたしでも……アイドルに……!」
もう縋る思いだった。
滲む涙に気づきもせず、栄治に詰める。
笑みを消し、真顔の栄治はとても……恐ろしく感じた。
「向いてないよ、君」
「……!」
「『やりたい』『なりたい』『こんな自分でも』……そんな言葉使ってるうちは無理。そんな
「…………か、くご……」
「言っておくけど俺だって畑違いなんだよね。俺、本業モデルだから。それでもあの三年間だけは『アイドル』やったよ、全力で。その上で、言うけどさ……」
この日——。
「相賀さんはアイドルの才能ないよ。向いてない。やっても傷つくだけだと思う」
相賀詩乃は——。
「もし、それでもやりたいって言うんなら、まずその舐めきった甘ったるい考えを捨てないとだめだよね。小学生の将来の夢を書いた作文じゃあないんだから、腹括ってくんない? 話はそれからだよね」
「っ……」
新しい夢を、バキバギにへし折られた。
「…………、……っ、な……なる……」
「なに?」
「わたし、アイドルになる! なるので! なるって決めたので! ……教えてください! アイドルにはどうしたらなれますか!」
そして、同日、同時刻、相賀詩乃は夢を捨てた。
夢を捨てて、目標を持った。
「……君は才能ないから、死ぬほど頑張るしかないと思うよ。死ぬ覚悟ある?」
「あります!」
「いいよ、じゃあまずは目指す路線をはっきりさせてから曲と歌詞と衣装と振り付けを三つずつ、用意しな。曲の長さはそれぞれ二分、三分、四分。もしグループで活動したいっていうんなら要相談。なお、締め切りは一ヶ月後」
「…………い、いっ……一ヶ月後……」
「その前に帰れたとしても一ヶ月後。出来なければ破門」
「は、破門……!」
前途多難である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます