第24話 裏側で蠢く者


 それからまたさらに邁進の日々は続く。

 栄治に出された宿題。

 改めて体力の向上、新曲の歌詞、振り付け、そして今回は作曲も自分たちでやってみた。

 セキュイがモニターデバイスで電子音を改良し、楽器で奏でているような音が出るようになったのだ。

 それを用いた新曲作り。

 そして屋上を使い、広いステージでの『魅せ方』研究。

 正直、とても三週間で完成出来るものではない。

 しかし、それでもその限られた時間の中で自分たちに出来る最大限のパフォーマンスを出来る様に努力する。

 そうやって仲間と語り合う時間は——最高に充足感に溢れていた。


 そんな彼女らの部室を、隣の棟の屋上から眺める少年がいる。


「なかなか面白そうではないか」

「でしょう?」


 手すりに腕を乗せ、前屈みになって夢中で覗く姿がさすがに変態くさいので後ろから栄治がその少年の首根っこを掴んで引き離す。

 赤い髪に、黄色の毛先の少年の名を紫紅炎天丸。

 この国の国家元首子息。

 そして、この学園の三年生。

 生徒会長でもある。


「ラパマが最近余に構ってくれないから、なんだろうと思っていたが……」

「婚約者なんだっけ」

「そうだ。アヴェリアにも薦められて……あのなにも考えていなさそうでちゃんと考えているところが好ましいと思っている」

「ざっくりしてるね」


 ははは、と笑い飛ばす炎天丸。

 しかし急に、笑みを深くして鋭い眼差しを栄治に向けた。


「それで? あれらを使って余の誕生日になにをするつもりだ? 色々と裏で手を回しておるようだが」

「えー? 人聞きの悪ーい。俺はただ、いい加減自分の世界に帰りたいだけだよね。相賀さんと違って、俺は元の世界に残してきたものに未練しかないの。執着と言ってもいい」

「ふむ」


 その気持ちは炎天丸も分からないでもない。

 この国の次期国家元首と定められた血筋……いにしえの龍神の子が遺した子の末裔と言われる紫紅家の央玉家。

 龍神の子の子孫と言われる一族は、複数の家に分かれて今もいくつか存在はしている。

 しかし、その中でも紫紅家は特別だ。

 龍神の社の管理を、龍神に任されている。

 その責任……安易に逃げ出す事は許されない。

 だが……。


「元の世界に帰るための……策略というわけか?」

「…………」


 なにも答えずに微笑む。

 この美しい男の、こういうところが気に入った。

 出来るならば手放したくはないとさえ、思う。


「恐ろしい限りだな。リシン、お前もそう思わないか?」

「っ」


 名前を呼ばれた少年は、居心地悪そうに扉の裏から出てくる。

 ギロ、と強めに栄治を睨むリシン。

 それに甘く微笑み返す栄治。

 歳の差もあってか、なんともリシンが子どもじみて見える。


「賭けは余の勝ちであろう?」

「……で、ですが!」

「負けを認めぬのは器が小さいぞ」

「ぐっ……!」


 によによと笑う炎天丸。

 賭け。

 そう、二人は賭けをしていた。


「なかなかにお人が悪い」

「分かった上で叩き潰したお主も大概だろうて」

「さて? なんの事かな? ……俺は臨時教師として自分が担当している部活の子たちが、伸び伸び活動出来るようにちょっと手助けしてあげただけだしね?」

「……ッ」


 簡単に言ってくれるが、それこそリシンと炎天丸の『賭け』だ。

 あのアイドル部が失敗すればリシンの勝ち。

 アイドルが躍進を続け、炎天丸の誕生日ライブまでこぎつければ——栄治が彼女らを守り切れば栄治と炎天丸の勝ち。

 そしてちまちまとしたリシンの妨害はことごとく栄治に潰された。

 商店街には圧力をかけて、彼女らの仕事を奪おうとしたが客が増えた結果逆に白虎家は嫌な顔をされるようになってしまう。

 エイニャが商店街のために歌って踊ってなければ、リシンの立場はより悪くなっていた。

 そのあとのテストでなんとかエイニャを引き剥がそうとしたが、それも失敗。

 むしろよりエイニャは『SWEETS』にご執心となった。

 ならばアヴェリアの誕生日ライブ。

 これを潰してやろうと画策したが、アヴェリアにバレて失敗。

 もちろんアヴェリアに告げ口したのは栄治である。

 ことごとく。ことごとくである。


「大した事は、してないかな」

「ぐっ! 貴様……!」

「本当に惜しいなぁ。そなたがこの世界にいてくれるのなら、一生生活を保証するぞ? モデル、と言ったか? その職業をしても構わん。アイドルとやらと同じく、宣伝云々カンヌンの意味のある仕事なのだろう?」

「まあね……」


 なんとなく、しょぼん、とされて炎天丸は首を傾げた。

 不服なのか、この国の次期国家元首の提案が、という意味で。

 しかしそれを微笑ましく栄治は見る。


「残念だけどこの世界にも『モデル』って職業がないでしょ? 俺はね、『モデル』をこの世界に根付かせたいとかではなく、自分が上に行きたいんだよね。才能のない俺がどこまでいけるか試したいの。努力だけで人間はどこまで天才に立ち向かえるのか——みたいな?」

「むう? この世界ではそれが出来ないのか?」

「まずモデルを育てるところからしなきゃいけないじゃん。その労力と育つまでの年月考えると、元の世界に帰りたいよね。単純に仕事好きだしさ、俺」


 あとは彼の祖父と飼い犬が心配。らしい。


「飼い犬が心配か。それは確かに心配だな!」

「そうなの、だからやっぱり帰りたいよね」

「飼い主が突然全然帰って来なくなったら不安でハゲてしまうかもしれないしな!」

「でしょう?」

「炎天丸様! 今犬の話はどうでもいいでしょう!?」

「どうでもいい事なかろう。犬だぞ?犬可愛い」

「ぐううううっ」


 リシンは地団駄でも踏み始めそうな形相。

 年齢的にさすがにやらないだろうけれども。


(リシンはとにかく、自己評価が無駄に高いからな……それも必要だけどな?)


 相手をする方は面倒くさいのだ。

 炎天丸もその気があるのだが、本人は気づかない。


「た、確かにその男の方が上手なのは認めます! だが、私とてあと数年も経てばその男と同じぐらいなんでも出来るようになります!」

「へえ? じゃあやってみたら? ちなみに俺の一番の特技は料理だよ」

「ぐぉっ!? りょ、料理!? それは下働きの女の仕事だろう!」

「そういう考え方が古臭いんだよね。料理って力仕事だからどっちかっていうと男の方が向いてるんだよ……って、ああ、生まれてこの方包丁も持った事ない人に言っても分からないっか〜。あははははは、ごめーん」

「ぐぎぎぎぎっ!」

「…………」


 煽りおる。


「ああ、あと……君の妹がやってるアイドル……歌って踊るのも簡単そうにやってるけど君じゃ無理だと思うよ? 馬鹿にしてるけどさ」

「っ!」

「嘘だと思うならやってみれば? 絶対出来ないと思うけど。君、見るからに才能ないしね。そもそもあれ、ダンスの振り付けとか歌詞とか丸暗記してるんだよ? 出来る? あんなのは下品だ品位がないとか文句ばかり言ってる奴が。そもそもスペック足りないよね。自分に出来ない事、やろうとも思わない事を馬鹿にする人って大概能力が低くて自分のちっぽけなプライドを守るために必死になって他の誰かを見下すよね。君くらいの年齢で今からそれじゃあ将来どうなるんだろうね? ね? 自分でそこんとこ考えて事ある? ないんじゃない?」

「ぅっ……ぐぐぐぐくっ!」

「…………(フルボッコだなぁ)」


 まるで容赦がない。


「君がどんなに相手を馬鹿にしても、君自身が彼女らと同じ舞台に立ったわけじゃないんだから弱者のさえずりにしか聞こえないよね。自分に出来ない事を出来る相手を必死に貶したところで『お前それ以外だからな』しかコメント出てこないし、あんまりしつこいと相手にする価値もないし。どこの世界にもいるんだよね、君みたいに『出来ないくせに外から文句言う、なんにも偉くないまったくすごくない雑魚』!」

「うっ、うるさい!」

「はい、出ました典型的逆ギレ定型文! なんのひねりもないよね。もうちょっと他にないの?」

「うぐぎー!」

「栄治、その辺でやめてやれ」


 顔を真っ赤にして、泣きそうになっているリシンを鼻で笑って栄治は腕を組むと手すりに寄りかかる。

 その立ち姿すら整っていて、まさしく彼は「自分の魅せ方をよくよく理解している」のだと炎天丸は口許を緩ませた。


「賭けは余の勝ち。だから余の誕生日に栄治の願いを叶える」

「……ほ、本当に……本気ですか!? 龍神様を呼び出すなんて!」

「やる」


 言い切った。

 それが栄治との約束だったからだ。

 彼女たちが、炎天丸の誕生日にライブをする価値を持ったなら、その時は紫紅国の次期国家元首として龍神を呼び出し、挨拶をする。

 その場に彼女たちと栄治を招く、と。


「このままそなたの思惑の通りにいくかどうかは、余にも分からぬがな」

「まあ、それは……俺にも分からないけどね」


 毛先を指でいじりながら、栄治が笑みを深くする。

 本当に自分の魅せ方を熟知している男だと思う。

 口も回るし、言葉選びも面白い。

 この男なら本当に……神をも説き伏せてしまうかもしれない、と……。


(まあ、栄治が失敗してもそれはそれでこちらに旨味がある)

(——とか考えてるだろうけど、俺も正直よその世界がどうなろうが知ったこっちゃないしね)


 笑みを浮かべた二人の眼差しが交差する。

 その腹の中に抱えたモノを、お互い分かりきった上で。

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