第23話 アヴェリアのお誕生日ライブ!
アヴェリアの誕生日当日。
栄治がラパマのリクエストで作った和風な新衣装に身を包み、ステージ裏となる屏風の後ろで深呼吸をする詩乃。
いやはや、まったくもって緊張の度合いがこれまでと異なる。
失敗すればアヴェリアの事業の出だしをしくじる事になるし、アヴェリアの顔に泥を塗りかねない。
その上「アイドル部は不要」と言われてしまうかもしれないのだ。
緊張はどんどん高まっていく。
「ふうぅ、ふううぅ……」
「大丈夫……?」
「う、うん、なんか未だかつてないほど緊張してる……!」
「確かにこんなに大勢のお客さんの前でライブするの、初めてだもんにゃー」
「ワクワクしちゃうさね!」
「「「ええ……」」」
さすがラパマ。
ノリがいつでも軽い。
「練習してきたんだもん、きっと大丈夫さね! 魅せ方もバッチリ研究してきたし! 自分たちのやってきた事を信じて、あとはぶつかるだけだっでばさね!」
「ラパマ先輩……」
——『才能がない』。
栄治の言葉がまた詩乃の頭をよぎる。
呪いのように。
しかし、その真実が戒めのように詩乃を奮い立たせてくれる。
だからこの言葉は呪いであり、魔法の言葉だ。
才能がないからこそ足掻け。
エイニャのように可愛らしい魅力があるわけでも、セキュイのように知的な個性があるわけでも、ラパマのようにリーダーシップがあるわけでもない。
本当に平凡な詩乃が、この世界でアイドルになるためには——あらゆるものを、利用する。
「そろそろ本番です」
「はい!」
会場のスタッフに呼ばれて、頷き合う四人。
そうだ、たくさん練習も、魅せ方の研究もしてきた。
今までやってきた事を信じて、全力を尽くすしかない。
「それではご紹介致しますわ! 我が紫紅国立央玉学園に新たに設立された『アイドル部』の部員たち……! 異世界からきたアイドルの少女をリーダーとする異世界の文化! 『SWEETS』です!」
「どうもー! 異世界からきたアイドル! アイガシノでーす!」
「白虎エイニャでーす!」
「玄武セキュイ……です……!」
「ヤッホー! どうもどうもー! 青龍ラパマでーす!」
アヴェリアの紹介で登場した『SWEETS』。
しかし出た途端、驚いた。
人が、すごい。
リハーサルを行った時から会場がものすごく広いのは知っていたけれど、人が入るととんでもない圧を感じる。
手足が震え始めた。
ダンスの発表会で、人前に出るのは慣れていたはずなのに……。
(なにこれ……)
こんな緊張感は生まれて初めてで、目の前が真っ白になりそうだ。
喉がひどく渇く。
「!」
両手が急に温かくなった。
右にエイニャ。左にセキュイ。
「それじゃあ聴いてくださいにゃん!」
「『甘色乙女〜ず!』です……!」
「……!」
二人が大丈夫だよ、と目で告げる。
胸がきゅう、と苦しくなった。
俯きそうになるのを耐えて、前を向く。
「「「「〜〜〜〜♪」」」」
やれる事を、全力でやろう。
それがきっと明日に繋がる。
それになにより、一人ではない。
隣で手を繋いでくれる仲間がいる——。
「大成功よ!」
「「「ふぁい……」」」
「さすがに疲れた……」
「あらあら、ラパマまで」
「お疲れ〜。ジュースもらってきたからお飲み」
「「「ありがとうございます……」」」
「あざますー……」
栄治にもらったジュースを飲む。
喉が潤って、同時にその冷たさに体が「コレコレェ」と言わんばかりに打ち震えた。
ライブは一時間以上前に終わったのに、体がまだ動かない。
酸欠と、緊張と、成功による歓喜、そして体力を使い切った事による疲労。
控室に戻ってきて三十分間は誰も口を開けずテーブルやソファーに倒れっぱなしだった。
それほどまでに疲労が凄まじい。
「一時間ライブマジやばいにゃ……」
「やばい……」
「やばいね……」
「想像してたよりやばいわさー……」
「身をもって理解してくれた? 体力はいくらあっても足りないって」
「「「「はい……」」」」
とてつもなく実感した。
ダンスで鍛えていたはずの詩乃すら、ようやく呼吸が落ち着いてきたのだ。
体力のないセキュイに至っては、まだつらそうである。
「けれど本当にいいライブだったわよ! お客様たちもがっつり食いついてくれたし! おかげで商品は好調に取引されそうだわ」
「そうそう、俺もおかげさまで新しいお仕事取ってこれたよ。次はこの国のいわゆる王子様……
「……え?」
「え」
「え……?」
「は?」
四人がゆっくり頭を上げる。
今、なにかさらりと……。
「実は学園で三年の教室に教えに行ってる時、放って置けない感じの子と知り合って少しお世話してたんだよね。なんとその子がこの国の王子様。次期国家元首って言うじゃん? びっくりだよね」
「わたくしも真っ先に貴方が炎天丸様をお世話し始めて驚きましたわ。あの方、気位が高いくせに他者の助力をとことんお嫌いになるので、正直なところ扱いに困っておりましたのよ」
「まあ、俺実質男子校みたいなところで生活してきたしね。ああいう生意気なクソガキ嫌いじゃないよね」
「おかがで色々助かっておりますわ! お誕生日にアイドル部のライブをねじ込んでくださるなんて、ますます我が校の株が上がるというもの……うふふふふ」
「ふふふふふ」
側から見ればなんとも不穏。
微笑み合う美男美女なのに、憧れや羨ましいという感情がこれっぽっちも浮かんでこない。
むしろ、すごく関わりたくない。
しかし今されているのは次のお仕事の話。
気分が悪くなりそうな中、よろよろと上半身を起こす。
「え、そ、それっていつ……」
「三週間の金華の日よ」
金華の日。こちらの世界でいう金曜日だ。
それはともかく、三週間後……あと三週間しかない。
「この仕事を成功させられれば王都にある多目的ホールを貸切に出来るくらいのお金もらえるよ」
「えっ! そ、それって単独ライブ……!?」
「そう。でも君らには間違いなく早いからお給料として渡すね。こんな小さな会場で一時間ライブしたくらいで死にかける今の君たちにここより遥かに広いホール会場のステージを使いこなせるとは思えない」
「「「「う……」」」」
ぐうの音も出ない。
部室の簡易ステージくらいしかない、この会場のステージですらこのザマなので誰一人言い返す事など出来るはずもないのだ。
「それに範囲の広いステージならではの『魅せ方』が必要になる。ステージと会場が広ければ広い分お客がたくさん入るから、そのお客さんを全員満足させなければならない。難易度はどんどん上がるよね」
「…………っ」
「その前に千人規模のライブの話でしょ。資料でもらったフェリーのステージも今日のステージより広くて大きい。あと当然ながら今日より偉い人……それも政治に関わる方の偉い人がたくさん来るから、新曲と新衣装で挑むように」
「え! つ、つまり新しい曲を作れって事ですか!?」
「そう。三週間で完璧にしてね」
「……」
サア、と血の気が引く。
ようやくまともにダンスしながら十曲歌えるようになったばかりなのに。
「あとトーク。今日のCMあれ、なに?」
「えっ」
「ファン相手ならいいよ? でも今日のトークのあれは身内ネタすぎるよね? 誰が知りたがってたのあれ。ねえ、あれでファンじゃない人が楽しめたと思う? 笑ってる人いた? いなかったの気づかなかった? 俺でさえ『はあ?』って思ったよね。次のお客の規模もう一度いうよ? 千人。今日の比じゃないの。ねえ、分かる? 分かるよね? あんなトークで乗り切れると思ってる?」
「あ……あわ、あわ……」
「というわけでトークも要練習。自己紹介も全員つまんなかったからもっと個性出すようにキャッチフレーズ考えてきて。一週間以内に。あと後半のダンスの乱れなに? 体力続かないのは分かってたけど、まさか自分たちは分かってなかった? バカなの? 普通その辺りも考慮して後半は振り付け大人しめな曲をチョイスするよね? は? まさか曲のチョイスなにも考えてなかったとか、そんなアホな事言わないよね? どうなの? そこんとこ」
「…………ぁ……」
考えていなかった×4。
「じゃあ今日学んだと思うけどペース配分考えて。はい、宿題」
「「「「は、はい……」」」」
アヴェリアは半笑いになっていたが、詩乃は再び机に突っ伏した。
改善点がポンポン出る。
おそらく、栄治の中にはまだまだあるのだろう。
明らかに「まあ今日は疲れてるみたいだからこのくらいにしておこう」とありありと態度に出ている。
(うう……アイドル道……本当に、厳しいー!)
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