第22話 腹ペコ梓は今日も我慢


 アヴェリアの誕生日まで約二週間。

 体力作り、歌唱力強化の他にダンス、本番さながらの通しを撮影して『魅せ方』の研究を行う。

 週一で商店街の呼び込みのお仕事をしながら、四人は新曲作りにも取り組む。

 もちろん、勉学も疎かには出来ない。


「…………」


 そんな様子を、エイニャの兄、リシンは面白くなさそうに見ている。

 それはもう、毎日忌々しいものを見るかのように。

 そんなリシンを見る少年が一人。梓だ。


(栄治に言われて観察はしてるけど……平和なものだなァ。龍神とやらもおとなしいし……けど……)


 くんくんと鼻を鳴らす。

 この世界に満ちる魔力は、やはり日に日に減っている。

 龍神の供給が減っているのだ。

 今のところ生活に支障はないので、やはりこの世界の人類は本格的に『離別』を選択した方がいいのかもしれない。


(まあなー、人間……人類の神離おやばなれは、珍しい事じゃないしなァー。けど……問題は親の方が子離れ出来ない場合なんだよなァー)


 人間が神を利用しようとする。

 神が人間を見放す。

 神と人類が合意の上で離別する。

 次第に信仰が薄れ、自然消滅のように離脱する……等、人と神は互いに干渉をしなくなる時期がある。

 それは比較的文明の独り立ち、巣立ちとも言えるが、同時に破滅の始まりである場合も多い。

 それ故に人類が神々の支配を離脱する時に、神の方が駄々をこねる場合がある。

 もちろんケースバイケースだ。

 だが、おそらくこの世界は一番厄介なパターン。


(よりにもよって創世神が人間の神離おやばなれを拒んでるパターン。創世神は惑星を支えるエネルギーそのもの。それが停止すれば惑星の上に生きるものは、等しく死ぬ。多分ここの人間はそこまで分かってないから、龍神との離別をそこまで深刻に捉えてない)


 授業の始まる前のわずかな喧騒の中、立ち上がって屋上に転移する。

 ふわりと床に足をつけて、空を見上げた。

 惑星全体の自然に溶ける魔力を感じるが、やはり薄くなっている。


「……ふふふ……」


 だからつい、笑ってしまった。

 まさかこんなに早く、それも絶妙なタイミングで彼らとこの世界で巡り合えるとは。

 さすがは『予知』の黒炎能力を持つ水鏡すいきょうの選んだ世界。

 つまりここで、梓は自分が戦った事のない強さの『敵』と戦えるという事。

 強い敵と戦う。

 それは戦闘種族としての本能的な悦び。

 心が躍る。

 それでこそ修行にきた甲斐があるというもの。

 相手が創世神なら、それの殺害はイコール惑星の『死』。

 たやすく行ってはならないものだが、梓ぐらいの歳の子は「やってみたい」という好奇心が先に立つ。

 それを思い留めるように、栄治や詩乃と


(水鏡の『予知』ってどこまで分かるのかな? 栄治の事も予知出来てた? あいつストッパーどころじゃねーよ。俺は美味しくて甘いものがたーくさん食べられて、楽しければなんでもいいしさァ……ふふふ……)


 舌で唇を濡らす。

 ……幻獣ケルベロス族はドラゴンを喰う。

 しかし、基本的に清水があれば年単位で生きていける。

 本来は甘味はもちろん人間の食事など摂る必要がない生き物だ。

 それでも甘い食べものを好む。

 こればかりはそういう生態なので仕方ない。

 そして、そんな生態にも関わらず梓と橘は甘味以外もとてもよく食べる。

 空腹を感じない幻獣ケルベロス族では珍しく『食欲』があるのだ。

 これには理由がある。

 同じ母の胎から生まれた梓と橘は、生まれながらに『呪い持ち』。

 かつて喰星獣という惑星喰いの災厄に、勇者として挑んだ彼らはその功績から王獣種として生まれ変わった。

 人の頃の記憶はないものの、喰星獣の呪いがそれを今も物語る。

『食欲』という、本来種として持ち得ないモノとして。

 だから梓と橘はよく食べる。

 美味しいものは大好きだ。

 甘いものは特に好き。

 なのにこの世界の龍神とやらは「甘いものが嫌い」だから、この世界の人間たちも文化として甘味をほとんど発展させなかった。

 それゆえに、栄治は実に上手く梓を乗せたと言える。


「甘いもの食べたい……お腹すいた……ああ、イライラする。……あとどのくらい我慢すればいいのかなァ……」


 口許は笑んでいた。けれど目は笑っていない。

 幻獣ケルベロス族。

 異世界では王獣種に括られる、神を殺す権能を持って生まれる特別な獣。

 戦闘種族であり、寿命を持たない。

 黒い体毛は鎧毛がいもうと呼ばれ、物理攻撃も魔法も無効化する。

 額には三つ目の目があり、血縁の者と記憶や情報を共有が可能。

 髭や尻尾は自動であらゆるものを感知する。

 生まれながらの最上位種バケモノ


「お腹すいた……龍神……」


 彼ら幻獣ケルベロス族の主食は、ドラゴン。

 自然が生き物の形を成したモノと言われるドラゴンを喰う生き物。

 定期的にドラゴンを喰らいたくなるのは、彼らの本能。


「龍……龍かぁ……いいなァ……美味しそう……早く食べたいなァ……」


 目を細めて笑う。

 そこにいるのは、龍神の天敵。

 幻獣ケルベロス族の中でも異端の『食欲』を持つ『呪い持ち』。

 舌舐めずりをしてその時を待っている。


 ——異世界から齎された、悪しき文化。

 それを潰すために、人間を再び支配しようと現れる……その瞬間を。

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