第21話 まだまだ成長期!

 

 追試も無事に撃破した詩乃とエイニャ。

 それから一ヶ月ほど、邁進まいしんの日々が続く。

 あれ以来、リシンのお小言が増えてアイドル部への風当たりが妙に強いのもおそらくはリシンのそんな態度が影響しての事だろう。

 とはいえ、アイドル部には他の四神貴族……セキュイとラパマがいる。

 直接的なちょっかいは、彼にも出来ないだろう。

 なにより学園長のアヴェリアもアイドル部には出資や投資をしてくれている。

 その期待にも、応えたいと思う。


「ちょっといいかね?」

「はい、どうしたんですか? ラパマ先輩」


 その日、練習終わりにラパマが着替えながら「仕事を取ってきたんだ」と言い出した。

 えっ、と固まる三人。


「あ、コーノ先生にはちゃんと事前に相談したし許可ももらったさね! 毎週商店街ばっかりじゃ飽きる……じゃーなくって、マンネリよりいろんな仕事してみたいじゃん? だから親類縁者色々声かけてたら、『余興として歌って踊っていいよ』って言ってくれる催し物があってさぁ! ちゃんとお給料も出してくれるって!」

「わあ! どんなお仕事ですか?」

「アヴェリアの誕生日パーティー! それにアヴェリアの会社設立発表と、そこの新商品発表も兼ねてる大舞台なんださね!」


 固。

 まさにそんな感じだった。

 まさかのアヴェリアの誕生日。からの新会社設立、そして新商品発表。

 じわじわと浸透するその仕事内容。


「え、ま、待ってください。それってあの……確実にすごい広さの会場で行われるパーティー的な……」

「もちろん来客百人規模のパーティーださね!」

「うえええええっ!?」

「ひゃ、百人の人の前でライブするって事にゃん!?」

「パーティーは初めてじゃないけど……百人……」

「コーノ先生はオーケーしてくれたさね! ……まあ……あの笑顔で——」


 以下、ラパマの回想。


『いいんじゃない? 『SWEETSきみたち』の事をまるで知らない、興味もない百人規模の人間の前で歌って踊ってどんな反応をされるのかは容易に想像つくけど、それを体感してみる事も必要だと思うし。うん、やってごらんよ。とってもオススメ☆』


 回想終了。


「……って言ってたし……」

「「「………………」」」


 想像して、震えた。

 いや、本当に容易に想像が出来て怖い。

 あの人絶対あの超いい笑顔で言っているぞ。


「……百人の、わたしたちの事を『知らない』、わたしたちに『興味ない人間』……」

「な、なんか意味深だにゃ」

「知名度が足りないっていう意味、かなぁ……?」

「うーん、単純に『知らない人』だから『知ってもらって』、『興味を持ってもらえ』って事じゃないかなぁって、あたしは思ったさね」

「…………」


 ラパマの言葉に、詩乃も概ね同意だった。

 だがきっとそれだけではないだろう。


(どういう意味だろう……体感してみる事……知ってもらう事……)


 思い起こされたのは、ラパマがアイドル部に入部してきた時の事だ。

 アイドルの事を知らない人たち。

 多少興味を持って来てくれた人たちでさえ、詩乃は一人も捕まえられなかった。

 ラパマは、最初から『入る』と決めた上で来てくれたので『興味がある人』と括るのは違うだろう。

 ゾッと、背筋が冷める。


(……出来るの?)


 商店街の仕事とも違う。

 最初は興味のない人、最初から物珍しさで寄ってくる人、それはもう様々だったが、商店街の仕事では店側の人たちが詩乃たちを可愛がってくれた。

 今はそれが四神貴族のエイニャとセキュイのおかげが九割、と分かる。

 お客さんもエイニャたちの家の事を聞くと、手のひらを返したように笑顔になっていた。

 少しずつ認知度が上がると、『SWEETS』が遊びにくる日は事前に告知されるようになり、お客も分かりやすく増えていったのだ。

 あれが『認知度』。

 だが今回は……。


「……シノちゃん……どうしたの……」

「え?」

「なにか、悩んでるみたい……だった……から……」

「あ、えーと……」


 どうしよう、と一瞬悩んだが、セキュイにじっと見上げられて……観念した。


「体験入部の時の事を思い出してたの……。わたしたちに興味があるって言ってくれた人たちにも、アイドルの魅力を伝えきれなかったな、って……」

「あー、そんな事もあったにゃー」

「あれは仕方ないんじゃないのかね? それにあれ以来体験入部希望者ゼロなんじゃん?」

「うぐ!」


 それはそれで別なダメージがある。


「……確かに……なにか考えた方がいいかも……」

「セキュイ?」

「最初の頃にコーノ先生が『見本』として、見せてくれた、歌と踊り……それとセキュイたちのと、どうしても、なにかが違う気がするの……。ずっと考えてるんだけど……それがなんなのか分からないの……」

「にゃー……? エイニャたちとコーノ先生との違い? コーノ先生は男の人で、エイニャたちは女の子、とか……いや、そんな簡単な話じゃない、かにゃ?」

「うん……なにか、こう……別のものなの……でも、はっきりと『なに』と、言えないの……」

「わたしたちと、神野先輩の……」


 首を傾げる。

 性別? 年齢? キャリアの差では、当然としても……それだけではないだろう。

 ではなにが違う? どこが違う?


「多分、セキュイたちがコーノ先生と同じ歌とダンスを歌っても……あんな風にカッコ良くならない気がする……」

「うっ……そ、それはなんか分かりやすい……」

「あー、それは分かるにゃー! あのなんかこう、カッコいい! ってなる感じなんなんだろうにゃあ? コーノ先生が歌って踊るの見てると『きゃー!』ってテンション上がっちゃうやつ!」

「そうそう! きゃー! って、なるよね!」

「えー、あたしも見てみたーい! あたしだけ見てなくないさね!?」


 そういえばラパマはまだ栄治の歌って踊るアイドル姿を見ていないかもしれない。

 じゃあ今度頼んでみよう、という事でその日は解散。

 翌日、朝の時点で栄治に「ラパマ先輩がまだ神野先輩の単独ライブを見ていないので見たいそうです」と頼むと分かりやすく嫌そうな顔をされた。

 無理もない。


「タダで歌って踊れとか普通にありえなくない? 俺、これでもプロなんだよね。自分の安売りはするつもりないんだけど?」

「えー! で、でも、わたしとエイニャちゃんとセキュイちゃんとアヴェリアさんには見せてくれたじゃないですか!」

「あれは事前投資。『アイドル』の認知度を上げるためにやったパフォーマンス!」

「うぐっ」


 これはぐうの音も出ない。

 実際、エイニャとセキュイは栄治のパフォーマンスを見て「やりたい」と決めてくれたようなもの。

 これからはその役目を、詩乃たちが行わなければならない。


「……でも、なんか……」

「ん?」

「わたしたちと神野先輩は、なんか……なにかが違うって言うか……」


 それがなんなのか。

 知りたい。教えて欲しい。見上げてみると案の定「ああ……」と合点がいったような表情。

 そしてどことなく冷ややかな目。

 やはり教えてはくれなさそうだ。

 そう諦めた時——。


「撮影してごらん」

「え?」

「簡単に言うと『魅せ方』が悪いんだよ、君たち。歌詞は等身大だし、曲は俺が作ってるから……正直いいのか悪いのか分からないけど……振り付け自体はダンサー志望の相賀さんが作ってるから悪くない。問題は『魅せ方』。だから一度通して撮影して、録画したやつをチェックしてごらん。自分たちが第三者からどう見えているのかを確認して、どう『魅せたら』いいのか自分たちで考えてごらん。アヴェリアさんの誕生日まで一ヶ月ないし、急ぎめでね」

「っ……は、はいっ! やってみます! ありがとうございました!」


 思い切り頭を下げた。

 そして走り出す。


(そうだ! そうだよ! なんで忘れてたんだろう! ダンスの時もしてたじゃん!)


 自分のダンスを鏡や撮影で確認する方法。

 見え方、魅せ方、角度の確認、テンポ、音に乗っているか……などなど、そういったものを全体を通して第三者の視点で見てみるのだ。

 出来る事はある。

 まだ、こんなにも。

 それは、自分たちの成長の可能性。


「よーし! 頑張るぞー!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る