第20話 詩乃とエイニャ
翌日、早速事件は起きた。
「エイニャさん、シノさん、昨日の試験赤点だから補習で合格点を取れるまで部活は禁止ね」
「「えっ」」
数学の先生に笑顔で言い放たれて、詩乃とエイニャは絶望に叩き落とされた。
これから残りの教科もテストだというのに、すでに補習と部活禁止が決定してしまったのだ。
リシンの眼光が背中に突き刺さる。
これはまずい。まずすぎる。
「補習、と聞こえたが?」
「にゃ、にゃぅ……」
「そのバカみたいな話し方をやめろと言っただろう!」
「ひゃにゃっ」
「や、やめてよ!」
怒鳴るリシンから、エイニャを庇う。
そんな強い言葉を使わなくてもいいのに、と思いながら、しかしエイニャの立場を思うと……そしてなにより成績に関しては確実にエイニャ以下なので詩乃も強く庇いきれない。
けれど、エイニャは友達だ。
この学園に来て、不安でいっぱいの初日に声をかけてくれた。
それだけでなく一緒にアイドルになってくれた同志でもある。
『相賀さんはリーダーになったんだから、なにをしなきゃいけないのかはしっかり自覚しておいてね』
栄治に言われた言葉を思い出す。
そうだ。
(グループのリーダーは、なにがあってもメンバーを見捨てない!)
だから怖くても立ち向かう。
相手が男の子で、エイニャの兄で、この国で偉い貴族だとしても。
「……ふん! まあいい。だが、このまま他の強化も赤点が続き、補習でも挽回出来ないようならすべての部活は辞めてもらう! 分かったな! エイニャ!」
「っ……」
「そ、そんなの横暴だよ!」
「黙れ! この国の四神貴族がこんな成績では他の貴族たちにバカにされる! お前にその意味が分かるのか!? 分からないだろう!?」
「そ、それは……」
「エイニャの成績のせいで家全体、親戚一同からも蔑まれた目で見られるんだぞ! 一生! これはエイニャ自身のためだ! 他人のお前が余計な口を挟むな!」
「……うっ……」
結局クラスメイトから妙な目で見られてしまった。
後ろでは縮こまるエイニャ。
黙って見ていたセキュイが立ち上がって近づいてくる。
「ごめんね、シノちゃん……」
「エイニャちゃんは悪くないよ……」
「二人とも、落ち込むの……あとにしよう……? テスト、始まるから……今日のテストを乗り越えれば……なんとかなる、から……多分……。補習、勉強、セキュイも手伝う……し……」
「「セキュイちゃん……!」」
感動している場合ではない。
セキュイの言う通り、残り二つの教科のテストも開始される。
二つだけなので早めに終わり、部室へ行って補習教科の勉強を始めた。
詩乃は免除されるが、赤点には違いない。
「あれ、また勉強してる」
「神野先輩……」
それから何時間経ったのか、部室に栄治が顔を出した。
半泣きで出迎える詩乃と半泣きで問題を解こうとするエイニャ。
そして、どうしたら二人に分かりやすく勉強を教えられるか、頭を抱えて天井を見上げるセキュイ……。
カオスである。
「なにこの状況」
「えっとあの……かくかくしかじかでして……」
「まあ、そうなる気はしてたけどね。ちなみにラパマさんは?」
「テスト中は家庭教師が来るから、部室には来られないって……」
「ふーん、相賀さんはともかく、二人は家庭教師つけないの?」
「セキュイ、自分で勉強する方が、好き……」
「うちは……エイニャにあんまり、お金かけたがらないにゃん。跡取りのリシンの方にお金かけたいみたいで……」
「え、そ、そんな……」
なんだそれは。
双子でそんなに扱いが違うのか。
憤慨しそうになる詩乃に、エイニャが「でもそのおかげでみんなと勉強出来てるんにゃん」と言うのでスン、となる。
それは確かに、詩乃的にはその方が嬉しい。
腹が立たないわけではないけれど。
「エイニャさんはどこが分からないの? っていうか分からないところがどこだか分かる?」
「え?」
「にゃ……?」
「数学でしょ? 分からないところが分からないなら遡るしかないよ。分かるところから始めるべき。臨時だけど一応今は先生だしね、数学が俺たちの世界と同じ感じなら、まあ教えられるから見せて」
「えっ」
そう言って栄治はテーブルを見下ろす。
エイニャが困惑しながら「この辺りは分かる……」と指差すと、すらすら解説付きで次の問題を解かせていく。
説明の分かりやすさもさる事ながら、教え方が上手い。
思わず詩乃とセキュイも聞き入って、同じところを学習してしまう。
セキュイなんて、もうずっと先の方まで分かるはずなのに。
「出来た……」
「はい、ご褒美」
「にゃ!?」
そう言って一問解けると一枚クッキーをくれる。
セキュイが自販機から飲み物を買ってくると、小さなお茶会のようになった。
ちなみにこの世界にもペットボトルのようなものがあるが、素材はプラスチックではなく魔獣のスライムで中身をすべて飲むと元のスライムに戻るという。
スライムは自然に帰るが、捕獲・洗浄されまたボトルに加工されるのだとか。
もちろん、スライムボトル回収箱に入れるのが一般的。
ただ、よく脱走されるだけで。
そんな話を聞きながら、栄治の説明を聞きつつまた問題を解く。
雑談を交えながら、お菓子やお茶を楽しみながら。
気づけば夕方の五時。
「さて、そろそろ下校してくださーい」
「は、はい! もうこんな時間なんですね」
「クッキー美味しかったにゃー! ありがとうコーノせんせー!」
「美味しかった……またクッキー食べたい……」
「じゃあまた作ってあげるよ。で、最後に聞くけど……今日のテストはどうだったの?」
「「……………………」」
「……セキュイは解けた……大丈夫だと思います……」
「なるほど? 明日も勉強会かな?」
「「は、はい……」」
明日も勉強会決定。
「相賀シノさん、白虎エイニャさん、補習学習室に来てください」
「「は、はい」」
二日後。テストは終わったが詩乃とエイニャは補習が待っている。
しかも今回、全学年で補習を言い渡されたのは詩乃とエイニャのみという残念っぷり。
とはいえ異世界人の詩乃は、本来補習はしなくていい事になっている。
だが詩乃は「補習を受けたい」と申し出た。
詩乃が受けないと、エイニャがたった一人で補習を受けなければならないから。
まして、全学年で補習になったのは詩乃とエイニャだけ。
つまり本来なら、エイニャだけだった、という事。
詩乃にはまだこの世界の貴族社会というものがどんなものなのか、分からない。
それでもリシンのあの言い方やエイニャの怯え方、セキュイやラパマの心配そうな表情で、それがいいと思った。
実際先生も詩乃が一緒に受けると申し出たら、ホッとしたように微笑んで「ありがとうね」と頭を撫でてくれたりしたのだ。
(尋常じゃないよ……)
きっとそれが、エイニャたち『四神貴族』というものなのだろう。
やはり詩乃には、よく分からないけれど。
「終わったー!」
そんな補習も終わらせて補習学習室を出る。
腕と背中を伸ばして叫ぶように声を出すとエイニャが隣で震え出す。
驚いて「エイニャちゃん?」と肩を掴むと泣いていた。
「えええっ!? エ、エイニャちゃん!? どうしたの!? 大丈夫!?」
「あ、ありがとう……一緒に補習受けてくれて……」
「え?」
袖で涙を拭いながら、絞り出すように教えてくれた。
この国は他国より龍神への信仰は根強く、四神の子孫は龍神の次に偉い神の末裔として同じく『信仰対象』となっている。
それは今でこそ地方の『神』のようなもので、当主ともなればその四神が守護する地域では毎年信仰を奉じる祭が行われるほど。
つまり、エイニャは白虎が治めた土地……この国の西側で『神』の一人。
(ほ、ほげえええっ……! そんなにすごい貴族様だったのぉ!?)
もちろん、詩乃には「そう言われてもピンと来ない」が正直な感想だ。
このまま廊下の真ん中で泣かせておくのもあれだと思い、部室に行く事を提案。
歩きながら宥めつつ、エイニャのか細い肩にのしかかるプレッシャーを想像して胃が痛くなる。
そしてそれ以上に次期当主としてプレッシャーを受けているであろう、リシンの事も……それならなんとなく分かる気はした。
なんとなく。
異世界人の詩乃には想像しか出来ない。
決してその立場を、本当の意味で理解は出来ないだろう。
だから、詩乃に言える事はこれだけ。
「あの、あのね……でもね……わたしは……わたしの知ってるエイニャちゃんは、ただのエイニャちゃんなんだよ」
「……?」
「わたしの世界には貴族とかいないし……いや、いるのかもしれないけど! ……えっと海外には貴族いる国もあるし……、でもわたしの周りにはいなかったし、だから、その……わたしの中で白虎エイニャちゃんは、白虎エイニャちゃんっていう一人の普通の、猫大好きな女の子なの。貴族とかじゃなくて……」
「……っ」
詩乃の中の白虎エイニャという女の子は、自分と同じアイドルを目指す猫好きな可愛い女の子。
「うん……エイニャちゃんは、わたしと最初に友達になってくれた優しい元気な女の子だよ」
「シノちゃん……」
じわ、とまた涙を滲ませるエイニャ。
この世界で詩乃の言葉は、多分綺麗事なのだろう。
それでも……。
「シノちゃーん!」
「わあ!」
それでもエイニャは泣くほど喜んでくれた。
あと少しで部室なのに、廊下の真ん中でしがみついてワンワンと本格的に泣き出してしまう。
テスト明けの休みの日で誰もいないとは言え、先生は登校しているだろうにお構いなしだ。
でもそのくらいエイニャの中では、積もり積もっていたものがあったのだろう。
背中を撫でて、苦しそうな嗚咽をこぼすエイニャを一生懸命宥めようとした。
けれど、これは宥めて止めさせるものなのだろうか?
彼女がずっと溜め込んでいた苦しみを、ようやく吐き出せている……なら、全部吐き出させるべきなのではないか?
「エイニャちゃんは、わたしの友達だよ」
「うん……シノちゃん、シノちゃん……」
貴族ではなく、白虎エイニャは詩乃の友人。
そして、同じアイドルグループの仲間。
だからエイニャが満足するまで泣かせて、苦しくないよう背中を撫で続けた。
人の体はこんなに熱くなるのかと驚くほど、その背中は熱い。
その温度が詩乃の胸も熱くさせた。
(ああ、なんだか……いい詩が書けそう……)
彼女に捧げる歌が、歌詞が、浮かぶ。
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