第19話 次はテストだ
その翌日、朝からクラスは重い空気に満ち溢れていた。
そう、これからテストなのだ。
詩乃はセキュイが作ってくれた翻訳機能を用いながら、文字の練習と問題の答えを必死に探す。
答え……まずこの世界の単語が覚え切れていない。
詩乃の世界でいうところの『国語』なのだが、目が回るほどわけが分からない。
特例として端末の翻訳機能をテスト中も使用可、としてもらったにもかかわらず早くも頭痛がしてきた。
「エイニャ」
「! リシン……」
隣の席のエイニャに声をかけてきたのは、白虎リシン。
エイニャの双子の兄だ。
双子なだけあって顔はそこそこ似てはいるものの、性格は真逆と言ってもいいだろう。
エイニャは自由奔放といった感じだが、リシンは大貴族の跡取りとして育てられているためとても真面目で厳格。
他人にも自分にも厳しい人なのだそうだ。
そんなところがエイニャは苦手だと、時々お昼ご飯の時に愚痴っていた。
クラスも同じだというのにほとんど話さないのは、性格の不一致ゆえだろう。
向こうもエイニャに話しかける事はほぼない。
少なくとも詩乃の前でリシンがエイニャに話かけたのは、これが初めてのように思う。
エイニャを見下ろす冷たい眼差し。
表情も怒っているようで、なんだか怖かった。
「な、なに……?」
「分かっているだろうな。今回のテストで我が家の恥を晒すような点数を取ったら……猫耳カチューシャ部なんてわけの分からない部は廃部させるからな」
(……あ……エイニャが最初に言ってた『猫耳カチューシャ部』ってこの世界でもやっぱりわけが分からない部だったのか……)
などと最初は見当違いな事を思っていたが……。
「……う、うん、分かったにゃん」
「その喋り方もやめろ。みっともない」
「え! なんで!? 可愛いのに!」
これには思わず反応してしまった。
詩乃は猫を飼った事はないが、猫が可愛いのは知っている。
猫に限らずペットの飼える環境にいた事がないから、ペットを飼うのは憧れだ。
エイニャも「リシンが猫アレルギーだからにゃー」と猫が飼えない環境。
それゆえに、憧れが増す。
とても気持ちがよく分かる。
それなのに、その言い草。
「…………」
案の定、リシンに強く睨みつけられる。
元々睨まれる事が多かったが、ここまであからさまに敵意を向けられるのは初めてかもしれない。
たじろぐとより強い眼光が詩乃を見下ろす。
「お前には関係ない」
「っ……」
「……エイニャ、もし五教科すべて赤点を取るような失態をしてみろ。部活はすべて辞めさせるからな」
「えっ」
「当たり前だろう。白虎家の者が赤点だなんて恥さらしどころではない。それでなくともお前は勉学が得意じゃないんだ、それを疎かにするようなら部活は辞めて勉学に集中しろ。言っておくが、これは父さんの考えでもある」
「!」
「分かったな」
言うだけ言って、自分の席に戻って行くリシン。
あの様子だとエイニャが『アイドル部』にいるのも快く思っていないのだろう。
隣の席のエイニャを見ると、これまで見た事もないほどに落ち込んでいた。
声をかけようとするが、どう言葉をかけたらいいか分からない。
大貴族、四神家。
龍神に仕えていた四神の末裔。
その下には、十二支神の末裔である十二支神家が控える。
そんな大貴族の家の長女なのだ、エイニャは。
セキュイには上に兄が二人、姉が二人いるらしく、比較的自由が利くらしいが……。
「さー、テストを開始するぞー。端末をしまえー」
先生が入ってくる。
そうして配られるテスト用紙。
問題しか書かれていないその用紙を、机に置くとなんと目の前にモニターが現れる。
そのモニターが、回答欄なのだ。
(え、あ、相変わらずすご……)
タッチペンでモニターを問題用紙の上にかざし、問題の上に現れる回答欄で回答して行く。
これなら回答欄がずれるトラブルはなくなる。
なるほどな、と思いながらも必死に端末で翻訳しながらヒィヒィと回答欄を埋めて行く。
他の人たちがすらすら問題を解いていく中、隣の席のエイニャの様子は、と横目でチラリと見てみるとこれがまたビックリ。……パネルが現れた。
おそらくこれもモニターの応用だろう、気がつくと詩乃の周りには頭の上から足元まである大きなパネルが四方に現れ、囲まれているではないか。
(あ、ああ、なるほど……カンニング防止ね……なるほど〜……。……すごすぎるでしょ……)
ハイテクすぎてちょっとビビりながらテストを受けた。
当然ながらまったく自信はない。
パネルがなくなる頃には机に突っ伏して色々削ぎ落ちたアレソレで白目になっていたので。
「これ、明日も続くの……」
「うん……」
五教科を、二日に分けて行うのだろうだ。
セキュイに背中を叩かれて、身体が震えた。
その分早く帰れるはずなのに、栄治には笑顔で「テスト優先。仕事は一切許さない」と言い放たれているため、寮に戻ってもテスト勉学しか出来ない。
それならいっそ、部室でセキュイに教わろうか。
しかしセキュイも自分の勉強をしたいだろう。
「ぶ、部室でみんなで勉強しない?」
「する……したい……。エイニャも行く……?」
「行く……」
詩乃と同じぐらい死人のような顔になってる人がもう一人いた。
ゾンビのようなゆるやかで……気怠げな動き。
重い頭を持ち上げ、天井を見上げる。
部室で明日の教科の勉強をしたが、絶望的に分からなくて若干死にたくなった。
「あれ、なにしてるの」
「神野先輩……テスト勉強ですよ……」
「うわ、ひどい顔」
夕方、栄治が部室に現れた。
そろそろ帰寮の時間だぞ、と言われて壁時計を見ると夕方五時少し前。
のそのそと言われた通り帰寮の準備をしていると、三人の近くに小さな小袋が置かれる。
「?」
「寮部屋に帰ったら開けてごらん。必ず一人で食べる事。……明日も頑張ってね」
「「「……あ、ありがとうございます……?」」」
人差し指を唇にあてがい、まるで「みんなには内緒」と言わんばかりの仕草とセリフ。
そのふだと違う甘やかな笑みに思わず見惚れたのは詩乃だけではないだろう。
そんな笑顔と共にもらった小袋を、寮の自室に帰ってから開いてみると……。
「クッキー!」
しかも詩乃の世界のそれ、そのもの。
食べてみるとほんのりと甘い。
このくらいなら、龍神様もお許しになるだろう。
「……うううう……甘いもの……幸せぇ……!」
イケメンモデルの能力が発揮されすぎてて、疲れがぶっ飛んだ気がする。
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