第25話 前日リハーサル!

 

 炎天丸の誕生日ライブ前日リハーサルの日——。


「ほげええええええええっ!?」


 という詩乃の奇声からスタートした。

 場所は王都から南に一キロ程の隣町。

 港のあるその町の船着場に停泊していたフェリーが、今回のライブ会場。

 詩乃はフェリーを始めてみたが、想像していたよりはるかに大きい。

 これが普通サイズなのだろうか?

 栄治曰く、「俺らの世界のやつより大きいし少し形が独特」との事なのでこの世界のフェリー、という認識で挑んだ方がよさそうだ。

 中も絢爛豪華。

 赤い絨毯が敷き詰められた床。

 とんでもなく高い天井。

 シャンデリアに金の柱。

 白い階段にも金の手すりがついている。

 なんかもう、眩しい。目に映るあらゆるところがとにかく眩しい。


(なにここ、本当に船の中? うそー?)


 ダンスで遠征に行った時、泊まったビジネスホテルなど比にならないくらい豪華な船。

 これがフェリーなのか。

 キョロキョロしすぎて栄治に睨まれるまで、ひたすら口を開けていた詩乃。


「よく来たな。明日は頼んだぞ」

「よっ! 炎天!」

「よう、ラパマ。お前の歌と踊りとやら楽しみにしておるぞ」

「おうよ、任せなさいな」

「?」


 船の従業員に案内され、甲板に出ると一番に近づいているた少年にそう言われる。

「誰?」と思う間もなくラパマが手を上げるので、うっかり「ラパマ先輩のお友達ですか?」と聞いて栄治に脳天をげんこつで殴られた。


「依頼人だよ」

「ひぇ……」


 笑顔が、やばい。


「え、あ、す、すみませんっ! この度はご指名ありがとうございました!」

「ふーむ、余の顔も知らないあたり、本当に異世界人なのだな……」

「…………」


 栄治から放たれるオーラがやばい。やばすぎる。

「そういうとこだよ」と言わんばかりの圧!

 日々情報を集めるのを怠らないようにと言われていたにも関わらず、仕事を依頼してくれたこの国で一番偉い人の息子の顔を知らなかった。

 これは痛い。

 睨まれて殴られても文句が言えない!

 完全に詩乃のミスだ。

 それでなくとも栄治に出会った時に「情報古い」「人間関係で最新の情報にアップデートしていないと致命的になる事がある」等々すでに教えられている。

 やっちまった。これぞまさしくやっちまった。

 こういう事です。


「あははは! 仕方ないよー! 炎天丸は三年生だもんねー! 同じ学校に通ってても会う事ないもんさー!」

「!?(おおおぉ同じ学校にいたの!? ひいいいいいっ!)」


 ラパマの言葉でますます縮み上がる詩乃。

 そんな詩乃の手を左右から握ってくれるエイニャとセキュイ。

 二人ともとても優しい。


「ついでに言うとアタシと炎天丸は婚約者なんだよ!」

「ふぁぁあっ!? えええええっ!? ラパマ先輩の、婚約者!? 婚約者って、え、え? 婚約者って将来結婚しようねっていう、約束をした人……!?」

「そう! 家同士が決めたやつだけど、炎天丸は可愛いし嫌いじゃないさね」

「可愛いっていうな」


 割とガチトーンで叱られるラパマ。

 テヘペロしても炎天丸の機嫌は悪いまま。

 がるるるるっと威嚇している。

 これだけでこの二人の関係性が窺えるようだ。


「分かっていると思うが、明日はお前たちの親も来るんだぞ。ラパマはともかく……白虎と玄武は大丈夫なのか?」

「えー? それ今聞く〜? 依頼しておいて今更さね」

「まあな。だがリシンがあまりいい顔をしていなかったからな。少々気になったのだ」

「そんなのもちろん、二人とも親に許可もらってるに決まってるさね! ね?」


 と、振り返るラパマ。

 彼女はとっくに親に許可をもらっていたらしい。

 で、話を投げられた二人……詩乃の左右を固めるエイニャとセキュイは顔が真っ青で俯いている。

 ……察した。


「うそん」

「やはりな……」

「え、え?」

「だ、だって……」

「い、家に……お父様もお母様も……滅多にいない、し……」

「そ、それにエイニャとセキュイは寮住まいだにゃん! 会う機会ががないにゃん!」

「そ、そうそう……! だから仕方ない……」

「「………………」」


 沈黙が流れる。

 エイニャとセキュイが思い切り顔を背けて色々言うので「これはもしや、親に言ってなくて反対されて辞めさせられる流れなのでは?」と鈍い詩乃でも察してあまりある展開……。


「えー!? 二人が辞める事になっちゃったらどうするのおおおっー!?」

「その話はあとでしなさい?」

「「「ひっ……は、はい……」」」


 栄治に微笑まれて、三人ともおとなしく頷く。

 それはそうだ、身内のゴタゴタを依頼人の前で見せるのは心証がよくない。

 持ち出しているたのがたとえ相手の方だとしても、だからこそしゃんとしていなければ、

 案の定、炎天丸はにやりと笑う。


「失敗すれば分かっているのだろうな?」

「もちろん。まあ大丈夫ですよ。ねえ? ラパマさん?」

「アタシ? まあ、アタシは親に許可もらってて、明日の事もバッチリ伝えてあるからむしろ小さい頃の『演劇発表会みたいねー!』って楽しみにされてるけどさ!」


 本当になんの問題もないラパマ。

 に、対して思い切り汗が噴き出しているエイニャとセキュイ。

 その姿に詩乃も変な汗が出てくる。


「余の誕生日パーティーを、万が一台無しにしてくれようものなら……逆に損害請求をするからな」

「えっ」

「当然であろう? 此度の余の誕生日パーティーは、余がこの国の次期国家元首であると龍神に挨拶をしに行くのが目的の一つなのだ。だからこのように船を貸し切りにしたのだぞ」

「っ——!?」


 龍神に会いに行く。

 それは初めて聞いたんですが、と栄治を見上げる。

 しかし「なにか?」とばかりに微笑まれてそっと目を逸らした。

 有無を言わせぬイケメンぶり。

 相変わらず色気がすごい。

 自分が手のひらの上で踊らされているのは自分でも分かる。

 でももうそれ以上追求出来ない。

 我ながらチョロい。


(でもでも……龍神に会いに行くなんて……! っていうか、会えるものなの!?)


 そっちにびっくりである。


「せいぜい場を華やかに盛り上げ、余の誕生日を盛大に祝福するがいい! わはははははっ!」

「…………」


 そんな高笑いを聞きながら、詩乃たちは呆然とした。

 ラパマと栄治は早々に切り替えて、「じゃあステージ借りてリハーサルやってみようか」と始まっている。

 そう、まだ前日だ。

 本番は明日。明日失敗しないために今日がある。

 だが……。


「エイニャさんとセキュイさんは時間を見つけて親に連絡しておいたら? 明日サプライズしたいとかなら、話は別だけど」

「ゆ、許してくれるかにゃ……」

「分からない……」

「それ含めて聞いてみなよ。こればかりはおうちの事情もあるだろうし、俺たちはあんまり関与出来ないからね。この世界の家庭事情とか、俺たちの世界と違うだろうし」

「あ……」


 忘れそうになっていたがエイニャもセキュイも貴族令嬢。

 確かにあまり立ち入りすぎて余計に拗らせるわけにもいかない。


「ご、ごめんね、力になれなさそうで。でも手伝える事があったらなんでも言ってね! わたしに出来る事ならなんでもするから!」

「ふにゃーーん! ありがとうシノちゃーん!」

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