第26話 セキュイと詩乃と
「ううう……緊張感半端ないにゃぅ……」
「が、がんばれー、エイニャちゃーん」
両親に明日、炎天丸の誕生日にライブをする……そう伝える事になったエイニャとセキュイ。
しかしエイニャはリシンの事もあり、メールを送るだけでさっきからガタガタ震えて半泣きだ。
ちらりとセキュイを見ると、あちらも沈んだ表情で固まっている。
「セキュイちゃんは、大丈夫?」
「……うん、送った……返事きた……」
「え! もう? どうだったの?」
悶絶するエイニャから離れた場所に座っていたセキュイに近づく。
セキュイは控え室の鏡台前。
鏡に映るその表情はいつも以上に無表情。
それがとても、不安を煽る。
「もしかして、反対された?」
「……ううん……『成績さえ落とさないなら好きにしなさい』って……」
「本当!? 良かったー!」
……しかしまるで表情は晴れない。
本格的にどうしたのか、セキュイを覗き込む。
メールの文面は詩乃にもかろうじて読める。
『成績さえ落とさないなら好きにしなさい』。
とてもシンプルに……それだけが書いてあった。
「……セキュイちゃん、なにか気がかりな事があるの?」
「え……?」
「なんか、浮かない顔してるから……」
「…………」
隣に座る。
そうして、顔を見つめていると小さな声で話してくれた。
セキュイは両親に、三年ほど会っていない。
兄とも、姉とも、とにかく家族で過ごした記憶がないのだそうだ。
貴族なので忙しく仕事をしている。
それは分かる、兄も姉も学校を卒業したら自分たちで会社を立ち上げ、社会に貢献しているのだ。
それが貴族として当たりの事。
「でも……シノちゃんが来るまで……セキュイをセキュイとして見てくれる人は誰もいなかったと思う……」
「?」
「セキュイはずっとセキュイとしてそこにいたけど、セキュイに話しかけてくれる人は誰もいなくて……話しかけてもすぐ会話が終わるから……セキュイはずっと置物みたいだった……」
兄が二人、姉が二人いるので、セキュイは家でも
家は長兄が継ぐ。その予備である次兄。
家の地盤を支える政略結婚には姉二人が向かうため、セキュイの存在はいてもいなくてもどうでもいい。
万が一姉になにかあった時、姉の嫁ぎ先に代わりに嫁ぐ事もあり得るかもしれないが……それだけだ。
それが貴族。
神の血を繋ぐ一族の使命。
だから貴族としての役割を、ほとんど持たないセキュイは親にも兄や姉にも相手にはされない。
家に迷惑さえかけなければ好きにすればいい、というスタンスなのだ。
自由だが、その分孤独なのがセキュイ。
それを聞いて想像した。
(お父さんやお母さんがいて、お兄さんやお姉さんもいるのに……会話すらしないなんて……)
詩乃は一人っ子なので、両親には甘やかされたと思う。
ダンスを習いたいと言った時も中学まで続けさせてくれた。
コンクールや発表会は両親揃って応援に来てくれる。
朝も夜も出来る限り家族揃って食べよう、が相賀家の暗黙のルール。
でもセキュイの家は、誰もセキュイを家族として見ない。
セキュイはそこにいるのに……。
「セキュイちゃんは、すごいよ」
「……え……」
「だってわたしがこの世界の言葉が分からないって言ったら、すぐに翻訳機能とか作ってくれたじゃない! あんなの普通出来ないよ! セキュイちゃんは本当に本当の天才なんでしょう? 確かに体力はあんまりないけど、歌詞だって一回で覚えるし声可愛いし、セキュイちゃんが勉強教えてくれるから、わたしこの世界の文字だんだん読めるようになってきたんだよ! セキュイちゃんのおかげだよ!」
手を握って、セキュイの目をしっかり見て、伝える。
本当にセキュイのおかげだ。
セキュイが翻訳機能をつけてくれなければ、この世界の言葉を読む事は今も叶わなかった自信がある。
そりゃあもう全力で!
「グループ名だって、セキュイちゃんの作ってくれた翻訳機能のおかげで思いついたんだよ? 少なくとも……『SWEETS』にはセキュイちゃんがいてくれないと困るよ」
「困る……?」
「うん! 今回の新曲はセキュイちゃんソロパートもあるし、えっと、これからも勉強教えて欲しいし、セキュイちゃんがいると楽しいし」
「……たのしい……?」
「楽しいにゃーん」
「わっ」
がばり、とエイニャがセキュイと詩乃を覆うように抱きついてくる。
そう、楽しい。
三人で教室でアイドル活動の話をするのはすごく楽しい。
ラパマを加えた四人で、部室で練習するのはもっと楽しい。
知らなかった事も出来なかった事も四人で研究して、出来るようになると最高に——。
「セキュイは楽しくないにゃ?」
「……ううん、すごく楽しい……シノちゃんとエイニャと話をするようになってから……毎日……夢みたいに……楽しい……」
ポロリと涙が落ちる。
その涙を拭ってやりながら、へにょりと笑う。
「みんなで一緒にアイドルするの、楽しいよねっ」
「楽しいにゃー」
「うん……続けたい……」
「うん……。……よし! エイニャもメール送るにゃん」
「まだ送ってなかったの!?」
「だってー! ……リシンが絶対お父さんたちに変な事言ってそうなんだもん……」
「…………」
詩乃とセキュイは顔を見合わせる。
そして頷き合い、詩乃が「えーい」とエイニャを羽交い締めにした。
「えー!? にゃにぃー!?」
「今だよセキュイちゃん!」
「うん……!」
「にゃあああああぁっ! なにするにゃーん!?」
送信。
エイニャのモニターデバイスから、セキュイがエイニャの両親に向けて明日のライブの事やアイドルの事を洗いざらい全部書いて送ってしまった。
最後に一言『わたしたちの青春を認めてください』と添えて。
返事は比較的すぐに届いた。
それを見たエイニャは花開くような笑顔で二人を振り返る。
「明日、絶対成功させなさいってにゃー!」
「当然!」
「もう一度、曲順チェックしよう……!」
「「うん!」」
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