第9話 先輩の実力
「は? 馬鹿なの?」
……第一声がこれである。
詩乃は固まった。
あの綺麗な顔が無表情のまま見下ろしてくる……これがなかなかに、怖い。
一緒に来たエイニャとセキュイも思わず固まった。
ちなみに、場所はアヴェリアに与えられた空き教室。現在は昼休み中である。
「な、なんでですかっ」
「路線は?」
「ろ、路線?」
「三人で活動するのってさ、一人で活動するのとはわけが違うわけよ」
「は、はい」
「ましてこの世界の事、俺たちはほとんど知らないに等しい」
「は、はい……」
あれ、これお説教モードでは?
そう気づいた時にはすでに遅く……。
「アイドル活動するのも初めてで、諸々のサポート体制がゼロに等しいこの世界で、方向性の一つも決められない奴がそれでなくとも方向性の違いで秒速空中分解し易いアイドルグループなんて出来ると思ってんの? ねぇ? 思ってるならすごいよね。ねぇ?」
「………………」
ぐうの音も出ない正論だった。
そして顔が綺麗な分めちゃくちゃ怖い。
大事な事なのでもう一度言う。
顔が綺麗な分本当にめちゃくちゃ怖い。
「す、すみません……」
「協力してもらう程度に留めておいた方がいいよね?」
「はい……」
「君たちも気楽にやろうとか思わない方がいいよ。アイドルなんて光浴びるまでは泥臭い努力の連続だから」
(ソッコーで夢を破壊しにかかるぅ!?)
本当にこの人はアイドルをこの地に根づかせるつもりがあるのだろうか?
そんな風に疑ってしまうが、彼はアイドル経験者。
まして「死ぬほど努力するしかない」とまで言っている。
彼の中ではアイドルとはそういうものなのだろう。そう、詩乃は考える事にした。
「えー、でもなんか面白そうだしにゃあ。異世界の職業で、この世界でも新しい仕事として人を募集中なんでしょう? エイニャ、やってみたいにゃん!」
「歌って踊るのがなぜ仕事になるのかが不可解……興味深いので、実際に見てみたい……」
「……興味を持ってくれてるのはいい事だけどね……」
「ですよね!」
「…………」
「す、すみません……」
目が。目が……「お前黙ってたら?」と語っている。
す……と目を背けた。
詩乃に厳しすぎないかこの人。
「……仕方ない。見本ってわけじゃないけど……アイドルがどういう事をするものなのかは見せてあげる。簡単に言えば娯楽だけど……」
すっ、と栄治が取り出したのは彼のスマホ。
詩乃のスマホはそろそろ電池が切れれる。
充電器は持っているが、この世界にコンセントはない。
それを思い出して「あ、これも相談しなきゃと思ってたんだ」とまた見当違いな事を思う。……多分こういうところが怒られる原因である。
「娯楽?」
「人が歌って踊るのを見るのが……? 不可解……」
「そもそも歌と踊りって別々なんじゃないんにゃ? 歌って踊るなんてそんな器用な事出来るはずが……」
(この世界では歌と踊りは別なのかな)
電源のつかないスマホを片手に、エイニャたちが言う事に首を傾げた。
栄治のスマホから音が流れ始めると、三人の視線は栄治に向けられる。
不敵に笑むその姿は、詩乃がパソコンのネット動画で見た『現役』の時の彼を——上回っていた。
(エッ……!)
思わず「エッチ!」と叫びそうになったほどに、空気が変わったのだ。
神野栄治のアイドル現役時代、『星光騎士団』は確かに『歳若い少年特有の色気』があるグループだったと言われている。
そんな彼らに『お姫様扱い』してもらえるから、『星光騎士団』は古豪であり今も受け継がれている人気グループ。
でも——
「〜〜♪」
歌が始まると、途端に動きが加わる。
声、音、指先の動き、身の捻り具合からこちらを貫くような眼差し。
(……目が、離せない……)
歌詞とダンス、サビの部分で激しくなる動き。
なのに音ズレもダンスのキレがなくなる事もない。
時々こちらの目をバッチリ見てくるので、それに心臓が面白いほど跳ね上がった。
(かっこいい……かっこいい……!)
一曲終わる頃にはまんまとファンになっていた詩乃。
さっき絶対零度の眼差しで見下されたのは頭の片隅にも残っていない。チョロすぎる。
「す——すごいにゃぁぁぁぁあっ! 本当に歌いながら踊ってたにゃぁぁぁっ!」
「……う、歌って踊っ……そ、そんな事が本当に……!? しかも、なんで斬新な音楽……」
「うんうん、それうちも思ったにゃん! めちゃくちゃカッコ良かったにゃー!」
「わたしもそう思った! 映像で見た時と全然違う! 本物の方が何倍もかっこいいいいーー!」
「…………」
詩乃、気づいて欲しい。
栄治がものすごく引いた目で見下ろしているのに。
「そういえばこっちの音楽ってまだ聞いた事ないな? 文明は俺たちの世界と同じくらい……いや、下手したら数歩先にいるような感じなのに……」
「にゃ? こっちの世界の音楽に興味あるにゃん?」
「俺たちの世界とこっちの世界じゃウケる音楽性が違うかもしれないから、教えてもらえるなら教わりたいんだけど……」
「「…………」」
そう言う栄治に、二人は顔を見合わせる。
そのなんとも言えない表情に、興奮冷めやらぬ詩乃も「わたしも聞いてみたい!」と手を掲げた。
ならばとエイニャが二つ折りゲーム機のような端末を取り出して、蓋を開ける。
ポチポチ操作すると、それから音楽が流れ始めた。
「「………………」」
その、音楽と呼んでいいのか……複雑な気持ちになる音は……おそらく、弦を弾く音だ。
栄治と詩乃がかなり恐る恐る顔を見合わせたあと、エイニャが机に置いたその端末の画面を覗き込む。
てん、てん、てん……てん、てててん……。
なんとも、スロー。
そして、その音を出す楽器は琴……ではなく太鼓のようなものに弦が引かれたもの。
それを指で弾いている映像。
……だんだんシュールな映像に思えてきた。
「……歌は……」
「始まると思うにゃん」
「え? このテンポで?」
思わず聞いた栄治の言葉に被るように、歌が始まる。
歌詞は……「てんてんてんてててんてんてん」……。
「おかしい。これだけ発展した文明があってなぜ音楽や歌の文化がこんな事になってるの」
「ど、独特の音楽、だね……」
「ありがとうにゃん。……でもコーノさんの歌を聞いたあとだと圧倒的な見劣り感がすげーにゃん……」
お気づきになられましたか。
「セキュイたちの世界……音楽と歌は上流階級のみに許されてる……。庶民の音楽は禁止されてる……」
「え? なんで? どうして?」
「龍神様が認めた音楽以外は『雑音』とされて嫌われてるからにゃん。他の国もおんなじだにゃん」
「「龍神様?」」
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