第10話 龍神の世界
二人曰く、この世界には龍神様という神様がいる。
この世界を作った神様なのだそうだ。
龍神はこの世界に魔力を与え、人々はその魔力で魔法を用いて文明を築いてきた。
しかし文明が成長し続けると龍神の『嫌いなもの』が増えたらしい。
その『嫌いなもの』が増えれば増えるだけ龍神は魔力供給を控え、人類が使える魔力は枯渇し始めている。
それが現状。
龍神の『嫌いなもの』をやめれば、今の人類は立ち行かなくなるだろう。
だから瀬戸際なのだ。
「……なるほど……龍神と決別するか、このまま共生するか……この世界の人間たちは悩みどころというわけか」
「そうにゃん……」
「セキュイたちは龍神に仕えていた『四神』という神様の子孫なんだけど……セキュイたちはほとんど人間と同化しちゃった……。龍神の力が衰えているのも……それが理由……」
「え! エイニャちゃんとセキュイちゃんのご先祖様は神様だったの!?」
「他にも色んな神様の子孫がいるにゃん。でも、人間との生活を拒んでるのは龍神様だけで……」
「龍神様だけが……神界に取り残されている……」
「「…………」」
しかしその龍神様が『魔力の源』なのだから始末が悪い。
当然ながら、世界の国々は真っ二つ。
科学の恩恵も失いたくはないが、魔法の利便性も失いたくない。
なんとか龍神に魔力を再び供給してもらえるように頼むべく、龍神の機嫌を損ねるようなものは禁止されてきた。
人間の奏でる音楽や歌もその一つ。
選ばれし乙女の奏でる歌と音楽以外をすべて『雑音』とする龍神は、民草の『
それ故に音楽は発展をしなかった。
確かに宗教上の理由と、龍神の重要性を思うと無理もない。
「なるほどねぇ……。っていうか、その理屈だと龍神は他にも嫌いなものがあるって事?」
「他にも嫌いなものは……甘いもの!」
「「甘いもの!?」」
思わず詩乃は前のめりになって二人に顔を寄せてしまった。
だって詩乃は甘いものが大大大好きだ。
その理屈でいくと……この世界の人は甘いものも食べられないという事なのでは……。
「甘いものも、まさか……甘いものも……?」
「禁止されてるにゃん」
「イヤーーーー!」
膝をついて頭を抱えた。
知りたくなかった。すごく。
いや、知らなくてもそのうち知る事になっていたと思うけれども。
「マジか……! 梓のやつ我慢出来るのかね?」
「そういえば梓くんも異世界人なんだっけにゃあ。彼も甘いもの好きにゃん?」
「あいつらは甘いもの目当てで異世界漂流してる節があるから……」
「ええ……それはやばいにゃん……?」
「いや、待てよ……梓の甘味中毒かってくらいの甘味好きを極限状態まで我慢させれば、異世界転移の魔法とか使えるようになるんじゃないか? よし! この作戦で行こう」
「わたしが耐えられません!」
「黙れ。耐えろ」
「おおおお鬼いいいいぃ!?」
ファンにはなったけど、やっぱり普段の素のこの人は鬼そのものだった。
「あとは、囲碁と将棋と海外発祥のチェスとか……ボードゲームの類も嫌い……」
「え、ええ……それ戦術が発展しなくない?」
「戦争も嫌いだから……」
「な、なるほど?」
「賭け事も嫌い……創作物……龍神様が題材になっていない物語や、お芝居もお嫌い……」
「…………」
「狩りも嫌い……あと、水遊びも嫌い……それから……」
「あ、もういい……とにかく禁止事項が多いわけね?」
「そう……」
「「…………」」
栄治と顔を見合わせる。
『圧政』……という言葉が頭に浮かんだ。
なるほど、ここまで娯楽の類を禁止されれば『龍神様の与えてくれる魔力は便利だけど、科学が進歩してきたので離別しよう』と考える勢力が強くなっても仕方ない。
しかし、問題はこの国……『紫紅国』。
この国は世界のほぼ中心にある島国で、なんとその龍神様のお住まいの島。
それ故に他国よりも著しく科学文明が入ってきづらく、龍神様の好まないものを嫌う層が圧倒的に多い。
そりゃ龍神様のお足元と言っても過言ではない国なのだから、無理もなかろう。
「でも、エイニャたちのご先祖様……四神や、それにまつわる十二支神たちも……とっくの昔に龍神様と袂を別ってるんにゃん」
「だから子孫のセキュイたちは、今普通の人間と変わらないの……」
「それって追随していた部下が遥か昔に上司である龍神に『もうついていけねーよ!』って見限ってるって事?」
「そうにゃん」
「そう……」
ええ……と、思わず呆れた声が漏れた。
龍神様、人望がない。
いや、ここまで横柄だと致し方ない気もする。
娯楽を奪われては、人も神様もやる気が出ないのは同じなのだろうし。
しかし、この国の科学文明が他国よりも劣っているのは驚いた。
机の上に浮かぶモニターでさえ、詩乃たちの世界にはまだないものなのに。
つまりこの世界の科学力は……この島の外はもっと発展しているという事なのだろう。
そう思うと、アヴェリアがアイドルや詩乃たちの世界の音楽性に興奮していた理由も分かる気がした。
——この世界は、分岐に差しかかっている。
そして、アヴェリアの様子を見るに……もっとも龍神の恩恵を受けてきたこの島国すら、龍神から離れようとしているのだろう。
(面倒な時期に来ちゃったな……)
栄治がそう思いながら頭を掻く。
神との離別。
それを是とする神様ならいい。
栄治の事務所社長とか、親友がお世話している——されてる?——神様がモロにそのタイプなので「人を慈悲深く見守り、共生を好む神様」のありがたさは身に染みて分かっているつもりだ。
だが逆は本当に『厄介』の一言に尽きる。
まして今の説明……「自分を題材にされていない物語やお芝居は嫌い」という部分……猛烈に面倒くささしか感じない神様ではないか。
神様など基本面倒くてナンボなところがあるとか言われるけれど、振り回される方は溜まったものではない。
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