第11話 方向性を決める!


(…………でもよく考えると神様より人間の方が面倒くさいか)


 栄治は早々に諦めた。


(それに、それならそれでむしろ好都合……。結構上の方の人を誑し込めるんじゃない? 梓のやつもいる事だし、これはむしろ乗っとくべきだよね?)


 むしろ立て直してきた。

 唇に人差し指を当てて、人知れず妖艶に笑む。

 なにをどうしていくべきか、もう彼の頭では組み上がり始めていた。

 そこにこれからどんな要素が入り込もうと、ある程度の調整は可能だ。

 現場ではどんな事態になっても臨機応変に。

 、その世界で生きていくために身につけた術であり武器。


「じゃあだいたいの方向性は決められるかな……」

「え?」

「相賀さんさぁ、自分の方向性とか決めてこなかったんでしょ? 今決めてって言ったら決められそう?」

「………………ッ」

「あー、はいはい。その顔で察したわ。自分で決められないなら、俺にプロデュースされてみる気はある?」

「プロデュース……?」

「一応君の主義主張は聞いてあげるけど聞くだけね。やりたい事とかどういう風になりたいとかそういう希望みたいなのがあるなら、今のうちに話してくれればその方向に行くように手助けしてあげる……って事。ただ基本俺の言う通りにしてもらう。一応マネジメントみたいな事も高校の時にしてたから、やって出来ない事はないと思うんだよね」

「……は、はあ……」

「でもそうするとさ、君がなりたい姿とはかけ離れるかもしれないんだよね。そういうのって『表現者』の自覚が出てくるとめっちゃくっちゃキッッッッツイの。それでもいいなら俺が『売れる姿』に仕上げてあげる。どうする?」

「ど、どうって……」


 どういう事?

 首を傾げつつ、言われた事を考えてみる詩乃。


(正直自分の理想のアイドル像とか……ないんだよなぁ……。資料として観てたのって男性アイドルばっかりで……)


 東雲学院芸能科のアイドルは基本男性だ。

 女生徒もいるのだが、現在詩乃の故郷の『アイドル』は女性アイドルが戦国時代の如く凄まじい数のアイドルが現れては消えている。

 簡単に言えば停滞しているのだ。

 対して男性アイドルは『CRYWN』一強時代と言っても過言ではないくらい、他の男性アイドルの姿形が見えないほど。

 だからこそ、東雲学院芸能科は男性アイドル育成に力を入れている、と明確に記載してあった。

 そしてそんな東雲学院芸能科の資料映像ばかり眺めていたので、自分の理想の『女性アイドル像』がまったく浮かばない詩乃。

 シンプルにアホである。

 そして——……。


(理想の形がない子は染めやすい。けど『表現者』としての自我が出てきた時、理想と現実の差で死ぬほど苦しむ。そうして消えていくアイドルは山のように見てきた。特に女子グループはその中でも輪をかけてヤバイ。自分の方向性も分かってない子たちなら、なんとかまとめられるだろうけど……それも一年が限界だろうね)


 栄治がそんな事を考えているとはつゆ知らず。


「でも女の子のアイドルってグループのイメージが強いですよね!」

「……本気で言ってる? 本当にこの子たちの事巻き込むつもり?」

「…………。だ、ダメかなぁ、エイニャちゃん、セキュイちゃん……」

(うーん、典型的なアホ)


 詩乃が二人に窺うな眼差しを向ける。

 すると二人は「やりたい!」「やってみたい……」と嬉しそうに返事をした。

 パァ、と詩乃の表情も明るくなる。

 栄治は目を閉じた。


(……まあね、未来の事なんか誰も分からんしね……仲違いする要素の方が多いのに、それでもやりたいっていんならやらせてみようじゃん? ……本気で心から信頼出来る仲間なんて……その先でしか出会えないしね……)


 苦楽を共にして、ぶつかって、その先にあるもの。

 その先でしか、得られないもの。

 詩乃でなくとも、そういう表面上だけではない、内面から溢れる輝きというのは——きっとそうしないと生まれてこない。

 人の求める『偶像』は、そうやって焼かれた煤を払った時に見えるのだ。


「神野先輩! わたしたち、三人でアイドルになりたいです! プロデュース、お願いします!」

「……前も言ったけど、俺かなり厳しいよ?」

「や、やり遂げて見せます!」

「君らは?」

「やってやるにゃん!」

「やってみたい……」

「…………。まあいいけどね。じゃあまずは方向性ね——……」

 

 まず、その日に詩乃たちが提示されたのはこの世界で初のアイドルになるための『方向性』。

 龍神が『自分を題材にしていないものを嫌う』という点を踏まえて、龍神をモチーフにした衣装や曲、振り付けにするべき、とされた。

 ただ、その辺りはスポンサーであるアヴェリアの意見も欲しい。

 栄治により呼び出されたアヴェリアはそこまでの話を聞いて、少し難しい顔をした。


「そうねぇ……それが好ましいのよね。でも、出来るの?」

「出来なくはないけど、この国はそれでいいのかなって。アイドルの影響力がどんなものなのかは、これからの活動を見てからじゃないと分からないよね。この世界に思いの外早く浸透するようなら、方向性が曖昧な内にこの国の方針に合わせた方がいいんだけど……」

「…………。そうね……」


 曖昧な返事に、詩乃たちは首を傾げる。

 扇を取り出したアヴェリアは、眉尻を下げた。


「とりあえずどっちにも転べるように調整はしておく、って形がいい?」

「出来るの?」

「ま、それをやって見せるのがプロだしね」

「あら、頼もしいわ。……なら、そういう方向にしてくれるかしら。成果が出ればわたくしのポケットマネーからも援助金を出すわよ」

「それはありがたい。資金はいくらあっても足りないですからね」


 ふふふ、と顔を合わせて笑う二人のオーラよ。

 なぜにそんなに黒いのか。


「それじゃあまあ、そういう方向で行こうか」

「……方向性を決めるって大事だったんですね……」

「今その事に気がつくとか本当相賀さんってアイドル向いてないよね」

「ううっ!」


 栄治の冷ややかな眼差し。

 その言葉は詩乃にダイレクトダメージなので出来れば勘弁願いたい。とても正論なのは、分かるけれど。


「初めてなんだから分からないのはしょーがないにゃん! エイニャもちっとも分からないにゃん!」

「セキュイも……全然分からない」

「エイニャちゃん、セキュイちゃん……!」


 ギュッと手を握り合う。

「そうだよね!」と……。

 それを眺めて栄治がどう思うかはお察しであるが。


「……とりあえず、曲作りは俺がしてあげる。衣装のデザインと歌詞は君らで考えて。龍神を題材にしている風な感じでね。この世界の子たちと一緒の方がやりやすいでしょ。あと、相賀さんは元々ダンスやってたなら振り付け考えられるよね? ダンス全般は任せるから、エイニャさんとセキュイさんに基本的なところは教えてあげなよ。なにがあれば連絡くれれば答えるしね」

「連絡……あ、そうだ……! あの、神野先輩……スマホのバッテリーが……」

「あら、やだ忘れてたわ。うちの生徒になったのだから、これを支給しておこうと思っていたのよ」

「?」


 アヴェリアがカバンから取り出したのは、二つ折りの電子辞書のようなもの。

 手渡されて、開いてみる。

 パーソナル端末、というらしい。

 この世界のスマートフォンのようなもの。

 使い方はエイニャたちに教わって、と笑顔で丸投げされた。


「充電は太陽に当てれば出来るわ」

「太陽に当てただけでいいんですか!?」

「ええ。魔力の代わりに太陽光発電で動くの」

「なんかこの世界の太陽光発電は、俺らの世界より優秀みたい」

「そ、そうなんですね。すごい……」

「……」


 褒めたつもりだが、アヴェリアは俯いて少し困ったような顔をする。

 龍神の与えてくれる魔力がなくても、この世界は成り立つようになってきているのだ。

 けれど、この国には龍神が住んでいて、この国の人々はとても長い間龍神と共にあった。

 他の国々が龍神から離別していっても、この国の人々は……。

 だから複雑なのだ。

 それはなんとなく肌で感じる。


(離別か、共生か……共生出来たらいいんだろうけど……)


 多分みんながそう思っているのだろう。

 エイニャとセキュイも神妙な面持ち。


「それじゃあ、まずはこの世界の事を知って、そして好きになってくれたら嬉しいわ」

「ありがとうございます、アヴェリアさん!」

「俺の言った事、今度はちゃんとやってよね」

「は、はい!」

「東棟にある空き教室、部室として使っていいわ。他にも足りないものがあったら申請してちょうだいね」

「はい! ありがとうございます!」


 そう言われ、鍵を手渡される。

 鍵といっても詩乃の端末にデータをダウンロードした。

 これで詩乃の端末がカードキー代わりになるという。

 そしてその端末に詩乃の生態データなるものも登録して、これでこの端末は詩乃以外には扱えない代物となる。


「近未来ですね……」

「ね。なんか異世界っていうより未来の世界に来たみたいだよね。梓のやつ大丈夫なのかな。幻獣ケルベロス族って基本機械音痴って聞いてるけど」

「そうなんですか?」

「原始的な生き物だから人間が作るものはお菓子以外苦手だって聞いた」

「そんなピンポイントな……」


 ふと、そこまで話して詩乃は無意識に天井を見上げた。


(あれ? そういえば梓くんは今一体どこに……?)


 教室に置き去りにしてきたのを、詩乃は覚えていない。

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