第8話 異世界からの転校生

 

 翌日——。


「はじめまして! 異世界から来た相賀詩乃と申します! よろしくお願いします!」

「俺は梓〜。人じゃないけどまあ、よろしく〜」


 詩乃と梓は一年生紅芋組の教室で挨拶をしていた。

 そのクラスには、昨日梓と一緒にいた白虎リシンが不機嫌そうに鎮座している。

 学校の形式は詩乃の世界と遜色なさそうだが、机の形はどこかSFファンタジーのようでもあった。

 皆机の上に、パソコンの画面のようなものが埋まっているのだ。

 けれど詩乃はそれを見てもワクワクした。

 これからどんな事が待ち受けているのか。

 元々昨日が入学式だった。

 今日から世界と学校は変わっても、新しい仲間と共に勉強に励めるのはワクワクする。


「では、二人の席は白虎姉弟の隣ね」

「白虎姉弟……?」


 先生の言葉にちらりと見れば、クラスのど真ん中の二つの席が空いている。

 その隣には白髪のリシンと似た髪色の女の子もいた。

 梓と顔を見合わせたあと、詩乃はその女の子の隣に座る。


「らっしゃいにゃーん!」

「はじめまして、よろしくね。えっと」

「うち、白虎エイニャ! 気軽にエイニャって呼んで欲しいにゃ」

「う、うん! じゃあわたしの事も詩乃って呼んで」

「にゃー!」

(わあ、かわいい)


 頭に耳、頬に髭が生えている。

 まさに異世界。


「では授業を始めます」

「!」


 先生の声で机のモニターから空調にパネルがいくつも浮かび上がる。

 思わず「おおおお……」と声が漏れるが、周りは動じた様子はない。

 そして当然ながら……授業はさっぱり分からなかった。




「うううう……」

「大丈夫にゃー?」

「う、うん……なんとか?」


 全然大丈夫じゃない。

 文字は読めないし、授業はわけが分からないし、極めつけは机のモニターの使い方がさっぱりだった事。

 頭を抱えて仰反る。

 ヤバイ。ヤバすぎる。初日だぞこれ。初日の一時間目だぞ。

 タイムテーブルが分からないが日本と同じ時間割なら、これがあと四時間か五時間続くんだぞ。


「やっぱり無理! エイニャちゃん! お願い助けて!」

「にゃー? なになにー? なんでも聞いて欲しいにゃあ!」

「えっとね、えっとね……………………なにが分からないか分からないのー!」

「にゃにゃにゃ!?」


 分からない事が多すぎて、もはやどこから手をつければいいか分からない。

 叫ぶ詩乃とエイニャの逆隣からカタン、と椅子が引かれる音がする。


「まずは、モニターの使い方を覚えた方がいいと思う……」

「「わっ」」

「…………」


 ぼんやりとした表情。

 右側に丸く紫の長い髪をまとめた赤目の少女が、指でモニターん操作する。

 ぱっ、と机の上からモニターが消えてしまった。


「セキュイ、なんでモニター消しちゃったにゃん?」

「出しすぎだから……。一つでいい……」

「にゃー?」

「慣れてないと、複数のモニターを同時に見ながら理解するのは無理……。まして、文字、読んだり書いたり出来てなかった……。違う……?」

「ち、違わないです。あ、あの……」

「セキュイは玄武げんぶセキュイ……玄武家の長女……セキュイでいい……」

「セキュイちゃん……」


 エイニャといい、この国の人は独特な名前をつけるのだな、と思いつつそもそも異世界なので変わった名前は詩乃の方だろう。

 セキュイは机の上のボタンを指差す。

 文字は、読めない。

 しかし構造自体はキーボードの埋め込まれた机のようなもののようだ。

 セキュイに「ここがモニターのボタン……押して……」と指示されて押してみると、一つだけモニターが詩乃の目線に合わせた形で現れる。


「あなたの世界の、文字……分かるもの、あれば、教えて……セキュイが翻訳機能、作る……」

「え! そんな事出来るの!?」

「やって出来ない事は、ない……」

「か、かっこいい……」

「かっこいいにゃ……」

「あ、それじゃあ……」


 スマホを取り出し、メモ機能に「あいうえお……」と文字を打っていく。

 けれどその前に、セキュイに「貸して……」と手を差し伸ばされたので手渡した。

 ふむふむ、と頷きながらセキュイは電子辞書のような端末を取り出して、そこへペンで「あいうえお……」とひらがなを真似して書き込んでいく。

 恐ろしいのはその正確さだろうか。

 初めて書く文字のはずなのに、彼女のひらがなは完璧だ。


「多分、こう……」

「お、おおお〜!?」


 そうして表示された文章には、ひらがなで訳がついていた。

 すごい。とてもすごいが全部ひらがなだととても読みにくい。

 しかし文句は言えない。言えるはずもないし、さすがにそれは贅沢言いすぎだ。


「ありがとう、セキュイちゃん! すごいね!」

「セキュイ……天才なので……」


 ほぼ無表情に近いが、指を二本立ててドヤ顔しているのはなんとなく分かる。

 こんな天才が同じクラス……しかも隣の席にいるなんて。


「あ、ねえねえ、シノは部活どうするにゃん? もし良かったらうちの猫耳部に入らないにゃ!?」

「……なにをする部なの?」

「猫耳カチューシャを研究する部にゃん!」

「わあ!? その猫耳取れたの!?」

「猫耳カチューシャにゃん!」


 頰の髭も描いてあるだけらしい。

 なんという事だ。


「……この世界にも猫がいるんだね」

「シノの世界にも猫いるにゃん?」

「う、うん……でも、なんていうか……あの、わたしはこの世界でアイドルをやりたいと思って……」


 ふと、そこまで言ってからハッとする。

 自分は昨日、栄治に対してなんて言った?


「ううん! アイドルになりたいんじゃなくて……アイドルになる! ので!」

「にゃん?」

「アイドル……?」

「うん! 歌って踊って……人を笑顔にするお仕事だよ!」

「「歌って、踊って……?」」


 首を傾げるエイニャとセキュイ。

 昨日の栄治の言葉を思い出す。

 この世界にはアイドルという職業がまだない。

 そして、これから浸透させていく。

 爪痕を残す。

 自分たちがいつ帰れるか分からないから——……。


「アイドル部っていうのを、作ってもらえる事になっているの……! 二人も、良かったらやってみない? わたし一人じゃ色々分からなくて……」

「猫耳カチューシャ作れるなら、うち手伝ってもいいにゃん」

「え! 本当!?」

「にゃーん」


 ……それはどういう意味の「にゃーん」なのか。

 いや、ニコニコしているという事は、肯定の意味と受け取る。


「セキュイちゃんは、どうかな?」

「…………。……新しいものには、興味、ある……うん、いいよ……」

「本当!?」

「なにが出来るかは……分からないけど……」

「ううん! ありがとう!」

「じゃあ三人でアイドル部ってやつ? やってみるにゃん! 具体的になにするにゃん?」

「えっとね……」


 具体的にやる事……栄治から出された課題がある。

 ・目指す路線をはっきりさせる。

 ・曲と歌詞と衣装と振り付けを三つずつ用意する。なお、曲の長さはそれぞれ二分、三分、四分。


(あ……そういえば……)


『もしグループで活動したいっていうんなら要相談。なお、締め切りは一ヶ月後』


 グループで活動したい場合は、栄治に相談しなければならない。

 東雲学院芸能科はグループになって活動するのが基本と聞いていたので、そのノリで二人を誘ってしまったけれど……。


「とりあえず神野先輩に二人の事も話していいかな?」

「にゃん?」

「うん……いいよ……」

「ありがとう!」


 ……詩乃は忘れていた。最初に栄治に言われていた事を。

 とても重要な事だというのに、思い出しておきながらスルーした。

 あとでめちゃくちゃ栄治に叱られる事になるが、詩乃の自業自得なので仕方ないだろう。

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