第17話 お仕事と、学業


「はい、もっともっともっともっと〜」

「ぐぎ、ぇぅぐうおおおおっ……!」

「あだだだだだだだだだたっ!」

「ぅー……!」


 翌日から青龍ラパマ先輩を加え、四人組となって練習とお仕事が始まった『SWEETS』。

 この日は柔軟。

 詩乃はダンスで鍛えてはいるが、他の三人はそうではない。

 アイドルとはダンスを踊りながら歌を歌う。

 体幹を鍛え、飛んだり跳ねたりする時に声がぶれないようにしなければならないのだ。

 そう、歌って踊りながら笑顔を振りまくアイドル……実はめちゃくちゃアスリートである。


「柔軟が終わったらエイニャさん、セキュイさん、ラパマさんは校庭十週。相賀さんは曲作りに集中! 十週走ったあと休憩を挟んだら三人は校庭、屋上間を五往復。それが終わったらまた帰っていいよ。部活時間内に終わらせるように」

「「「「えっ……」」」」

「お仕事をくれた商店街の人をがっかりさせるつもり? プロってお金もらって仕事するって事なんだけど? チャンスをもらえたのに、なんの成果も残せずおめおめ次の仕事出来ると思ってるの? マジ? 頭大丈夫? この世界の『お仕事』ってそんなにぬるいわけ? そんなわけないよね? 社会貢献してこそのプロでしょ? 甘っちょろい考えなら辞めた方がいいと思うんですけど?」

「「「……や、やります……」」」

「確かにね! 説得力すごいさね!」


 ラパマだけ栄治の冷たい眼差しに満面の笑顔で答えた。

 あの長いお説教のどこに瞳を輝かせる要素があっただろう?

 なんにしても栄治が持ってきた仕事は彼のいう通りお金が発生する。

 そのお金は学園に一部献上して四人で分けていい、と言われた。

 もちろん、後払いなのでまだもらえてはいないけれど。


(初仕事……絶対に成功させなきゃいけないもんね)


 栄治の厳しいお小言は毎度落ち込むが、言っている事は正しい。

 そして、詩乃は三人より体が出来上がっているのでリーダーらしく曲作りを任された。

 最低でも持ち歌は十曲欲しい。

 そう言われて目が遠くなったのは記憶に新しい。

 しかし、実際四分の曲を十曲歌っても四十分。

 アイドルのライブは基本一時間と考えれば、それでも少し足りない。

 なのでオープニングの前に自己紹介タイムを設けて五分、曲と曲の間にCMを設けて十分、ラストの曲のあとに五分のエンディング挨拶を設ける。

 これで一時間のライブが可能となるのだが、問題は撤収後の『アンコール』。

 持ち歌のすべてを歌い尽くしたあと、持ち歌の中から選んでもいいだろうがそれは『代表曲』と言えるものの方が好ましい。

『SWEETS』は今、二分、三分、四分の曲しかなく、その中で代表曲として使えるのは四分の歌。

 当然、それだけでは心許ない。

 ないなら増やさなければならないだろう。


(えーと、お菓子なイメージで、やっぱり恋、みたいな……恋……ううううううーーーーん!)


 歌詞をノートに必死に書き散らかすが、どれもイメージしているものとはかけ離れている気がする。

 今のところ一時間ライブは予定がない。

 しかし、栄治はいずれやりたいと思っている。

 詩乃も出来るのならやりたい。

 アイドルとして、それが出来たなら一つの目標の区切りとなるだろう。

 だがそこへ至るまでには目の前の『仕事』をこなし、信頼や実績を得ていかなければならない。

 栄治は「お仕事して稼いだお金の一部は貯めておく。ステージ借りるの結構かかるから」としれっと言っていた。

 アヴェリアも「『SWEETS』用の口座作っておいたから」と説明してきたので、学園に払う分以外にもグループ用の預金口座を作ってあるのだろう。

 ……頭が上がらない。詩乃はそこまで考えていなかった。

 活動資金。そうだ、なぜ頭になかったのだろう。

 衣装を作るのも宣伝するにも場所を借りるのもただではないのだ。

 お金がなければ……。


(つまりお仕事は単独ライブの費用を稼ぐのに必要! くうう! 世の中うまく出来ている〜!)


 実力がある者が上へ行く。

 単独ライブを有料で行い、お客さんが入れば利益になり、その利益は次のライブや自分たちのお給料……生活費になる。

 それまでお仕事で社会貢献しながら知名度を得つつ、ライブ会場を借りるためのお金を稼ぐ。

 実に理に適っている。

 とはいえ、サイクルが分かっても自分たちが今、駆け出しも駆け出しなのは間違いようもない。

 知名度は低く、そもそも『アイドル』という職種すら認識されていないのがこの世界。

 栄治の言う通り、お仕事をプロとしてコツコツやっていくのが堅実だろう。


(それはそれとして、やっぱり歌詞が思い浮かばないよぉおぉっ)


 頭を抱える。

 まだ、一曲分も仕上がっていない。


「歌詞作りって自分との対話だって聞いた事があるよ」

「!」

「自分の中の感情を言語化するために、その時の気持ちとかを思い出してボロボロ泣きながら書く人もいるし、想像で書いてる人もいるし、淡々と流行りの言葉や耳障りのいい言葉を並べる奴もいたな」

「……ふ、ふぉえ……」

「俺も音楽の才能はないから曲作りはホンット嫌い。でも、今の時点で相賀さんしか出来ないからね。他のメンバーは身体的に足りないものが多すぎる。これだけ運動させたあとで『歌詞書くの手伝って』なんて言ったら絶対『は?』って思われるでしょ?」

「はい」


 真顔で頷いた。

 それはもう、考えただけで詩乃でも「は?」と聞き返しそうだ。真顔で。

 ……だがそれを言われると……やはり詩乃が一人で歌詞を考える以外の選択肢がない。


「あとはアヴェリア辺りも巻き込んでみたら? 忙しそうに見えて暇そうだし。アイドルの事には興味津々だったし。問題は翻訳だけどね」

「! あ、それならセキュイちゃんが翻訳機能をつけてくれました!」

「へえ、じゃあほんとに頼んでみたら?」

「はい!」

「即答すんのもどうかと思うけどね」

「読んだかしら!?」

「アヴェリアさん!?」


 別に呼んだわけではないが本当に現れた。

 その手には大きな封筒。

 ニコニコーと笑いながら部室に入ってくる。


「ラパマが楽しそうだからわたくしもなにか手伝いたいわ。テスト作りも飽きてきたところだしね!」

「本当ですか!? じゃあ曲の歌詞を書くのを手伝ってくれませんか!」

「歌詞作り! 面白そう! どんな風にやるのかしら!」

「ええと、今欲しいのは五分くらいの曲で……」

「ふんふん……」


 アヴェリアに説明をして、紙を渡す。

 興味深そうに聞いていたアヴェリアが封筒をテーブルに置く。

 それを栄治が持ち上げた。


「これは?」

「ああ、次のテストの問題用紙よ!」

「こんなところに置くのまずくない?」

「そうね!」

「…………。テストって、もしかして全校生徒受ける感じ?」

「そうよ。うちの学園は成績で翌年のクラスが決まるから、年に三回行われる実力テストは重要ね。特に上位貴族である四神の家の者は落ちる事は許されないから……そういえばあの子たち、テスト勉強しなくて平気なのかしら? さっき校庭走ってたけど……テスト来週からよね? シノも勉強大丈夫? 文字書けるようになった? あなたの場合は特例処置も致し方ないと思っているけど……」

「「…………」」


 初仕事まであと四日。

 テストまで、あと五日。

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