第16話 体験入部と新メンバー!


 その放課後、体験入部希望者がアイドル部の部室に押し寄せていた。

 クラスメイトだけでなく、噂を聞いて興味を持った他クラス、上級生たちもちらほら。

 その人数にテンションの上がる詩乃。

 しかし表立ってはしゃげない。

 なぜなら真後ろに満面の笑顔の栄治が立っているので。


「怖いにゃ怖いにゃ」

「どうするの……詩乃……」

「ど、どうしたらいいのだろうっ」


 栄治がいるだけで緊張感が違う。

 下手したらデビューライブの時よりも緊張している。

 体験入部希望者たちを、どのくらい『入部』まで誘えるか……そこはアイドルとしてアイドルの魅力と、その裏でする努力という現実を伝えるアイドルとしての手腕が大きく関わってくるからだ。


『最低でも二人。体験入部希望者の中から引き入れられたら“伝える能力”は最低限ある、と思ってあげる。まあ、いわゆる合格だよね』


 と冷たい目で見下ろされながら言われて「あ、ハイ」と震えながら頷いたのはほんの二十分ほど前。

 つまり栄治は手を貸してはくれない。

 自分たちの能力を駆使して仲間を引き入れろ。という事。

 アイドルとは「伝える力」が必要不可欠。

 それがなければ頭打ち確実。

 特に詩乃のような平々凡々がアイドルを続けていくには、その能力を磨かなければならない。

 普通にしていて人を惹きつけられるオーラを持つ者には必要ないが、それがないなら「伝える力」という武器が必要なのだ。

 分かる。理屈は、分かる。

 だから詩乃は汗がだらだらなのだ。

 この三十人近い入部希望者から二人でも仲間を増やせれば合格。

 一見簡単なのでは、と思った。

 思ったが……。


(……アイドルの魅力と、努力の必要性……)


 本気でやるなら栄治の言うように泥水を啜るほどの覚悟と努力が必要。

 でもそれを、ステージだけを見て「楽しそうだから」とやってきた人たちに伝えると絶対に逃げられるだろう。

 思えば詩乃がダンスを始めたのも「楽しそうだったから」だ。

 アイドルに路線変更したのも「これまで培ったダンス技術を活かし、輝けそうだ」と思ったから。

 本気で上を目指すなら、あらゆる事を吸収し、磨き上げねばならないのはどの業界も同じだというのに……それをどこか侮って考えていたのである。


「……まずは楽しんでもらおうか!」

「あ、うんうん! そうだにゃあ!」

「うん……」

「じゃあ今日はダンスをやってみましょう! 歌いながらダンスを踊るのは意外と大変ですが、音楽に合わせて体を動かすのはとっても楽しいです!」


 わあ、と顔を見合わせる希望者たち。

 感触は悪くない。

 端末で栄治が作った曲を流し、まずは見本として詩乃たちが踊って歌って見せる。

 しかし初心者である希望者たちにはいささか難しいだろう。

 だから、まずは曲に合わせて振り付けを教えた。

 難しそうな人たちには、詩乃が自ら手取り足取り教えながら……。


「…………」


 栄治はそれを眺めながら密かに溜息をついた。


(それじゃあ“教える側”なんだよなぁ……)


 もちろん、そう思った事を栄治は教えてなどくれなかったけれど。



 

「楽しかったねー」

「またこようか」

「明日も来よう〜」

「私はいいかな〜、結構汗だくになっちゃった」

「たまに来るくらいならいいかもね」

「うん」


 ……汗だく。

 確かに汗だくになって、タオルで汗を拭きながら水を飲む。

 去っていく希望者たちの声を聞いて「あれ?」と思った時にはもう遅い。


「あ、あの、入部はどうするにゃん?」

「あ、いいですー」

「私も! 今他の部活してるし」

「うん、体験だけしてみたかったんだ」

「結構大変だね、アイドルって。すごいね、三人とも」

「あ、ありがとう……?」

「じゃあまた明日ね」

「うん、おつかれー」

「お疲れ様……?」


 クラスメイト、他のクラス、上級生たち……にこやかに帰って行ってはくれたけれど……。


「え?」

「にゃ……にゃん……」

「みんな帰っちゃったね……」


 さーっと引いていく体験入部希望者たち。

 結局、部屋の中は詩乃たちと栄治だけが残る。

 三十人近い入部希望者がいた。

 だというのに、残った人は……ゼロ。


(こんな事あるっ!?)


 ゼロ。ゼロだ。こんな事があるだろうか!

 肩を思いきり落とす。

 この数時間は、一体……!


「なんでだと思う?」

「え?」

「なんでみんな帰ったと思う?」

「……え……えっと……」

「まあ、分からないならそれまでだよね」

「っ」


 ぱた、と端末を閉じる栄治はこうなる事を分かっていたかのような言動。

 結果として、一人も残らなかった。

 なにがいけなかった?

 なにがダメだった?

 なにを失敗した?


(でも、どうして……? だって、楽しいはきっかけになるはずなのに……なんで……?)


 分からない。

 いくら考えても、どうしてダメだったのか……。

 手を握る。体が、震えた。


「…………。活動の事を……説明しなかったから……?」

「え?」

「にゃ?」

「ダンスを教える、と言った時……ちょっとだけ、微妙な顔をしてる子も……いたの……。特に、運動があんまり得意じゃない子……。詩乃ちゃんに、教わった子は、特に早く帰りたそうにしてた……」

「え!」


 セキュイが唇に指を当てながら、思い出しながら分析していく。

 言われてみれば、詩乃がダンスを教えた子は同じ子だった。

 今思い出すと少しうんざりしてたような……。


「ダンスって得意な人は苦ではないんだけど、音楽に合わせて体を動かすって結構脳みそ使うんだよね」

「えっ」

「リズム感、身体能力、持久力、体幹、肺活量、記憶力……不慣れな相手に延々とやらせるのは、入り口としては一番きついトコ。セキュイさんもダンスはあんまり得意じゃないよね」

「うっ……。…………うん……」

「えっ! そ、そうだったの!?」

「嘘でしょ気づいてなかったの? セキュイさんは体力と持久力、肺活量が足りてないから動きがワンテンポ遅い」


 がーん、とショックを受ける詩乃。

 なんて事もなさそうに練習している姿を見ていたので、苦手だなんて思わなかった。


(……違う……ダンスが苦手な人がいるなんて、わたしは考えた事もなかった)


 才能の有無があるのは身にしみて分かっている。

 けれど、詩乃は小さな頃からダンス漬けのような日々を送ってきた。

 だからダンスが苦手な人がいるとは知らなかったのだ。


「エイニャさんは歌詞を覚えるのが苦手だよね」

「ニャゥ……」

「え、そ、そうだったの!?」

「う、うん……四分の曲は、その、前半と後半のサビの部分とか間違ったりしちゃって……。実はこの間のデビューライブもちょこちょこ間違えちゃったにゃん」

「き、気づかなかった……」

「そりゃ相賀さんが自分の事でいっぱいいっぱいだったからでしょ」

「ウッ!」


 その通り過ぎてぐうの音も出ない。


「相賀さんの場合はダンスに夢中になりすぎて歌詞を飛ばす」

「はうあっ!」

「あと一人でかっ飛ばすから二人をよく置いてけぼりにする」

「うぐうっ!」

「得意な事なのはいいけど、だからこそ振り付けに勝手にアレンジするから二人が困る」

「あぐっ!」

「要約すると独りよがり」

「……!!」

「で、今日の体験の子たちにもその傾向がバリバリ出ていて、ついていけない子の事を配慮しているようでまったく配慮していない。だから引かれて『もういっかな』と思われた。なんつーか好きの押しつけだったんだよね。今日来た子たちは別にダンスを教わりに来たわけじゃないよね? それなのに得意になって教えちゃって。あれは見てて痛々しかったわ」

「——っ!」


 斬れ味が、すっごい。

 膝から崩れ落ちる。

 まさしく正論のフルボッコ。

 全部心当たりがあり過ぎて、なに一つ言い返せない。


「グループで活動するって、お互いの苦手な事を補いながら、お互いの長所を美しく“魅せる”工夫を全員で考えないと続かないんだよね。相賀さんはリーダーでしょ? 他の二人の面倒も見なきゃいけないのに、一人で突っ走っていいと思ってるの? 俺、正直よくエイニャさんとセキュイさんがまだつき合ってくれてるなーって感心してる」

「っ!」

「え、そ、そんにゃ! 普通に楽しいにゃん! 衣装めっちゃ可愛いし!」

「分かる……衣装すごく可愛くて好き……!」

「ありがとね。デザインして作った甲斐あるよ」


 ほぼほぼ衣装の力。

 いや、分かる。詩乃も衣装にはとんでもなくテンションが上がった。

 あれは上がるだろう。

 しかし……。


(……わたし……二人の事……全然考えてなかった……)


 配慮しているつもりでも、見ていたわけではなかったのだろう。

 二人が苦手な事、得意な事を知らない。

 二人は自分のわがままにつき合ってくれているようなものなのに。


(まずい、未だかつてないショック。立つ力が出ない……)


 それでリーダーと名乗っていたのは本気で恥ずかしい。

 手足が震えて立ち上がれない。

 独りよがり……。

 この一言は、とんでもなくのしかかる。


「……コーノ先生は、エイニャたちが詩乃を可哀想だと思ってアイドル部にいると思ってるにゃ?」

「違うの?」

「!」


 これまたストレートに突き刺さる事を。

 思わず顔を上げると、エイニャは栄治に微笑んでいた。


「うん、違うにゃん。エイニャもアイドル……楽しいと思ってるにゃん。デビューライブで詩乃が言ってた事、ちょっと分かった気がしたにゃん。キラキラしてて、三人で動きと歌を合わせて踊るのすっごく楽しかったにゃ。龍奉舞はボッチで踊るから……寂しいんにゃんけど」

「うん……セキュイもそう思った……。独りぼっちで踊る龍奉舞と、デビューライブの時……二人と一緒に歌って踊ったの……自分がダメなところもよく分かるんだけど……それでも一緒にいたかった……。それに、自分が考えた歌詞が曲に乗ってお客さんに届く瞬間は……なんか、こう……言葉に出来ない……」

「…………」

「エイニャちゃん……セキュイちゃん……」


 二人の気持ちを聞いて、思わず涙が出そうになった。

 詩乃は自分の事しか、考えられていなかったのに……。


「そう。……じゃあ衣装や曲も自分たちで作ってみる? 練習時間は減るけど、自分の表現したい事は広がるよ」

「衣装! うち衣装作りやりたいにゃーん! 猫耳カチューシャつけるにゃん!」

「ああ、うん、好きにしなよ」

「曲……曲はまだ……作れる気がしない……」

「そう? やりたくなったら言ってね」

「…………」


 ——才能がない。

 改めてその言葉が、詩乃の頭によぎる。

 血反吐を吐くほど努力しなければならないのに。


(ああ、わたしホントに才能ないんだな……)


 二人のように、思えなかった。

 自分の事ばかりで。

 きっとこの『差』だ。栄治が言っていたのは。


「あれぇー? なんで誰もいなくなってるんさねー?」

「?」

「あれ、君……」


 部室に入ってくる、青髪の女子生徒。

 彼女は見覚えがある。青龍ラパマ……寮部屋まで案内してくれたアヴェリアの幼馴染だ。


「せっかく着替えてきたのに、もう終わりさね?」

「え、あ……すみません……ダンスばかりで、みんな飽きてしまったみたいで……」

「そうなのさね? まあ、初心者にはあの激しい動きはキツかったのかもね。でも、あたしは楽しかったさねー! もっと踊ってみたい!」

「え?」

「デビューライブ? あれ見てホント楽しそうだったからさ! ねえ、入部させて欲しいさね! もっとあたしにアイドルの事教えてー!」

「えっ……?」


 ふう、と栄治が溜息を吐く。

 二人、入部させたら合格。

 ラパマだけなら不合格だろう。けれど……。


「は、はい! わたしも頑張ります! もっと頑張ります!」

「はえ?」

「あ、ありがとうございます、ありがとう!」


 びぇ、と泣き喚いた。


(もっと頑張らなきゃ……もっと——!)


 

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