第15話 プロデューサーが敏腕すぎる……
「『SWEETS』のメンバーに入れて!」
「私も!」
「私もやりたい!」
「なあなあ、俺も出来る?」
「俺もやってみたい」
「えーと、えーと」
翌週、早朝。
ライブを見に来ていたクラスメイトたちに囲まれる三人。
クラスメイトたちも『アイドル』をやってみたいと言い出したので、どうすればいいかと互いの顔を見合わせる。
(神野先輩には絶対怒られる……!)
あれだけアイドルをやる大変さをお説教の如く口をすっぱくしてとくと語られた三人としては、クラスメイトたちの期待に満ちた眼差しになんと言っていいやら。
なのでここはシンプルに……
「こ、神野先輩がいいって言ったら、いいよ!」
と言う。
とは言えクラスメイトたちは栄治の事など知らない。
「こうの?」と首を傾げるので、詩乃は自分と同じく異世界から来た元アイドルの先輩だ、と簡単に説明した。
そこへ、本鈴とともに教師が入ってくる。
「……え」
担任が一緒に連れて来たのは、スーツの栄治だ。
似合いすぎててかっこ良すぎる。
ほんの少し長い髪は後ろでひとまとめにされているから、爽やかさが加わってなお格好いい。
クラスメイトの女子たちから悲鳴が上がり、梓からも意味合いの違う悲鳴が聞こえた。
なんか「ギョェ……」とか潰れるような声が漏れたのが聞こえたのだが。
いや、顔が青い。
それでも王獣種の幻獣ケルベロスかってくらいに顔が青いぞ。
「はじめまして。相賀詩乃と同じく異世界から事故でこの世界に滞在する事になった、神野栄治といいます。こちらで生活するに至り、しばらくの間こちらの学園で教師として働かせてもらう事になりました」
「一ヶ月程度はこのクラスで副担任補佐として慣れてもらおうと思う。ちなみに担当教科だが……ええと、なんだったかな」
「家庭科です。料理を担当します」
料理!?
騒つく教室内。
それはそうだろう、詩乃が聞いた限り、料理は下働き女性の仕事。
庶民は町の中心で下働き女性が集団で作った食事を、毎食自宅に運んで食べるらしい。
料理を作るのは女。
これは龍神が『男の作った料理嫌い』だから定められた習慣。
聞いた時は普通にドン引きしたが、そんな世界でも栄治が料理を作るというのは驚きだ。
「え、待って、料理って事は女子だけ?」
「うそ、あんなイケメンから料理教われるとかやばくない?」
「っていうかあの人も異世界から来たの? 異世界ってあんなイケメンがいるの?」
「顔良すぎじゃない? え? 顔良すぎじゃない?」
「顔良……顔良……」
大事な事なので二回言ってる。
いや、詩乃も栄治の顔はよすぎだと思うけれども。
それこそ真顔で「だよね」「分かる」「分かりみしかないわ」と頷くくらいには同意するけれども。
しかし、みんな一つ忘れている。
「神野先輩は顔だけじゃなくて声もいい」
「「「「!」」」」
「詩乃、なに言ってるんにゃ……」
「わたしは真実を述べただけ……!」
(キッショ……)
栄治に柔らかな笑顔の裏で罵られているとも知らずに、詩乃、真顔で真実を告げる。
一応モデル兼タレントという事で、声の仕事なども経験はあるものの……それはメインではない。
「あ! そうだ! 神野先輩! クラスの子たちがアイドルになりたいそうです!」
そしてここぞとばかりに手を上げて、朝言われて困った事を報告。
どうせ報告するつもりだったから、と全力の善意で声を上げたらとてもいい笑顔で微笑まれてヒュッと喉が鳴る。
「……で?」
声、低。
圧、やば。
「…………あ……え、えーと……ど、どうしたら……あの、アイドル部に……みんな入ってもらったりとかって……そのぉ……」
「ふぅん? で?」
「…………」
詩乃、そっ、と座った。
しょんもりと縮こまり、震える。
やばい、圧がやばい。とんでもなく怖い。
笑顔だが、その圧。
顔が綺麗で声もいい。それだけで、他人には『威圧』になる。
そんな事知らなかった教室内の子どもたち、プラス担任。
栄治、化けの皮が剥がれるのが早い。
「アイドル部ね。一応俺が顧問って事にはなってるよね」
「え、そうなんですか!」
クラスメイトの一人が叫ぶ。
実はそうなのだ。臨時講師として、この学園で『衣食住』と『収入』を確保すると言っていた。
アイドル部は部活としてどうしても顧問が必要。
なので、アヴェリアから栄治が臨時講師として雇われ、そこの顧問に据えられている。
実際栄治以上に相応しい『
適材適所というやつだ。
「興味あるなら体験入部だけしてみればいいんじゃない? 入り口は広い方がいいもの。来る者拒まず、去る者追わず。高みさえ目指さなければ、誰でも楽しく簡単に始められるのがアイドルというもの。体験入部したい子は放課後アイドル部の部室においで」
「「「おおー」」」
柔らかく微笑んだままだが、詩乃たちは知っている。
栄治の『アイドル』に対する残酷なまでの『認識』。
それが端々に滲んでいて、体が震えた。
「なんにしても部活動は放課後の話だ。まずは一限目! 早速神野が料理を教えてくれるそうだぞ、女子たち!」
「きゃー!」
「本当ですか!」
「え、でも料理は下働きの仕事でしょ? 貴族の私たちがやるなんて……」
「貴族……?」
詩乃が思わず漏らした言葉。
それに、隣の席のエイニャが眉尻を下げた。
「この学園に通ってる子どもはみんな、この国の貴族にゃん」
「そうだったの? エイニャちゃんたちも?」
「そう……。セキュイたちは、四神の子孫としてその中でもちょっと上の貴族……」
「そそそそうだったのっ!?」
「でも、今はもうただの人間にゃん」
「うん……」
神妙な面持ち。
神様の子孫だとは聞いていたが、貴族……。
おそらく他にもなにかあるのだろう。
「!」
梓の横の席。
そこから詩乃を強く睨む少年がいた。
白虎リシン……エイニャの双子の兄だ。
直接話した事はないが、叱られた事ならなんどかある。
教室内でエイニャと話す時、彼は大体詩乃を強く睨んでくるし……まず間違いなく好かれてはいない。
目が合うと、あえてきつめに睨まれるのだ。
「…………」
エイニャの兄なので仲良くしたい。
どうして嫌われるのか分からない。
けれど、聞く勇気はなかった。
そうこうしている間に、女子生徒は調理室に誘導される。
栄治に教わったのは詩乃たちの世界のお菓子——ティラミス。
ティラミスを美味しく頂き、料理に不慣れだった貴族女生徒たちはきゃあきゃあと賑わった。
料理は下働き女性の仕事だと馬鹿にしてたのに、実際やってみるととても楽しかったのだろう。
なによりティラミスが美味しい。
「詩乃の世界のお菓子めちゃくちゃ美味しいにゃぁん!」
「でしょー!」
「甘くないのに、お菓子なんだね……」
「ほろ苦いのが美味しいなんてびっくりにゃん!」
「うんうん……」
エイニャとセキュイにも大好評。
甘いお菓子は大好きだが、ティラミスはティラミスでお高めなイメージがあり嬉しい。
確かにほろ苦いティラミスなら龍神の『嫌いなもの』にはカウントされないだろう。
レシピは今教わったばかりなので、生徒たちは「これは家に帰って早速シェフに作らせなければ」と息巻いている。
そんな彼女らをニッコリ眺める栄治。
その笑顔に詩乃の体がビシッと固まる。
「試食中申し訳ないのだけれど、誰かこの『ティラミス』を商品化してみたいなー、っていう子はいるかな?」
「商品化? それって、このお菓子を売る、という事ですか?」
「そうそう。作り方……レシピは今教えた通りだけどお菓子だから当然アレンジは出来るよね? 聞いた話だと、このクラスには親が飲食店をやってる人も多いとか……」
「! そうですわ! このお菓子をデザートとして売り出せたら、利益になるのでは……」
「そうそう。もし興味があるなら各々でアレンジしてお店に出してもいい。ただ、もしティラミスをお店で出したいなら、その広告に『SWEETS』の三人を使わせて欲しいんだよね。ダブルで売り込んだ方がお客さんも増えると思うんだけど、どう?」
「うち、やりたいです! ティラミスは美味しい!」
「うちも! 親に連絡していいですか!」
「私も親に聞いてみます!」
「ありがとう〜」
「「「…………」」」
その手腕たるや。
授業と営業を兼ね備えてきおった。
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