第14話 アイドルグループ『SWEETS』爆誕!


 それからは怒涛の日々である。

 栄治の作った曲に歌詞を合わせて調整しつつ、そこに振り付けも合わせてさらに調整。

 それだけで五日は取られた。

 しかし六日目、衣装が完成して届くとテンションは爆上がり。

 三人とも、見られるようになった。


「明日はお化粧して、髪も整える時間が欲しいから朝六時には集合」

「「はーい」」

「はーい……」

「言っておくけどお客さんは五人くらい来たら上々だと思ってよね。この世界の『アイドル』認知度や、ライブの告知をして一週間程度と周知期間も短いし。衣装は使い回すから絶対汚さないように」

「はい!」

「もちろんにゃあ!」

「はい……!」

「……(こいつら衣装めちゃくちゃ気に入ってんなぁ)」


 制作者的には嬉しい栄治。

 そんな感じで翌日、デビューライブ当日がやってきた。

 本当に、あっという間だ。

 早朝に集合して化粧を施され、髪を整えられる。

 驚いた事に他人のメイクまで出来る栄治。


「可愛いのに美味しそう……! これが詩乃の世界のお菓子なんだにゃあ」

「うん、そうだよ! わたしのはマカロン!」

「セキュイのは、果物……?」

「そう! そしてエイニャちゃんのは和菓子かな」

「セキュイのはぶどうゼリーのつもりなんだけどなぁ」

「ぶどう……分からない……」

「だよね」


 全員『スイーツ』で統一したらしい。

 残念ながらどのお菓子もこの世界にはないので伝わらないけれど。

 ただ『かわいい』が伝われば大成功。

 とにかく今日という日を境に、この世界の人たちに『アイドル』が浸透していけばいい。


「……」

「エイニャちゃん? どうしたの?」

「あ、ううん! なんか緊張してきちゃったにゃん」

「だ、だよねー! わたしも人前で歌って踊るの初めてー! ダンスだけなら何度もあるけど、でも何度やっても『本番』は緊張するよぉ〜!」

「とりあえず、もう少し練習しておく……?」

「そうだね! セキュイちゃん! ……えっと台本台本……」


 この台本も、栄治が作ってくれた。

 当日の流れを確認するもので、どんなイベントも基本的にこういう台本があるのだという。

 大きめな会場でのイベントだと、司会がいたりもするらしい。

 しかし人前に出て喋る、歌って踊るのアイドルは、この『司会』も出来なければ話にならないという。

 割り振られた『セリフ』を読みながら、動きも交えてリハーサルを繰り返す。

 刻一刻と近づく本番。

 お客さんの入りは……目標『五人』。

 とても少ないと思う。しかし栄治は『五人』もいれば万々歳だと言った。

 五人……それは公園に設置されたステージから出て、五人の『お客さん』がいれば成功という事。

「俺とアヴェリア、梓は関係者枠だから人数カウントなしね」とはっきり言われているので、栄治とアヴェリア、梓以外に五人が必要。

 クラスメイトたちにも声はかけたけれど、みな微妙な反応だった。

 一週間、目まぐるしく忙しかったのもある。


(ここから、始めるんだ)


 本来なら、東雲学院芸能科で他の女生徒たちとグループを作り、デビューしていた。

 けれど、ここではそんなチャンスない。

「やってみたい」と言ってくれたエイニャとセキュイのためにも失敗は出来ないし、二人が失敗しても責められない。


(神野先輩にも言われてるしね……)


 本当は、栄治はエイニャとセキュイを巻き込みたくなかったそうた。

 この世界の人間だし、アイドルは見た目が華やかなだけで死ぬほど努力が必要だから。

 詩乃のように『覚悟』がないと、きっと続けられない。

 でも練習を見にきた栄治は「あの二人は相賀さんより『アイドル』やるだけの才能がある。相賀さんは秒で抜かれると思うよ」と言った。

 一番やりたいと願っている詩乃が一番才能がない。

 心がパキパキと音を立てる。


『それでもやりたいの?』

(やりたい)

『才能がないのに?』

(やりたい)

『どこの業界にも天才がいる。君はこっちの才能もない。別な才能ならあるかもしれないから、そっちを探した方が建設的だと思うよ』

(それでも、やりたい)

『……血反吐を吐く覚悟はある?』

(ある)


 もう決めた。

 顔を上げる。

 センターで踊る、あの光の下に——。


『君には才能がない。他人の理想になる才能は。だってそれは“自分”を殺す事と同義なんだよ。君は君の個性を大切にした方がいいよね。……とても苦しいよ』


 そう言われた時に、栄治がとても詩乃の将来を大切に想って忠告してくれている、と分かった。

 だから厳しい言葉を選んで諦めさせようとしている。

『自分』のまま『偶像アイドル』になれる人間はそれだけ『偶像』に近いか、『個性』が強いか。

 詩乃にはそのどちらもない。

 凡人なのだ。天才ではない。秀才であっても凡人とは比較にならないだろう。

 ただ、やはり相賀詩乃は『凡人』なのだ。


(凡人のわたしがアイドルを目指しても、きっと上にはいけないんだろうな)


 上にはずっと、ずっと才能のある人や天才しかいない。

 そこに立ち向かうには努力するしかない。

 それこそ栄治の言う通り、血反吐を吐くような努力が。

 そこまでいかない、スポットライトを浴びて少しのファンと狭いステージで満足する程度のアイドルは履いて捨てるほどいる。

 誰かたった一人のアイドルになれればいい、という甘ったるいアイドルなら要らないのだ。

 だから栄治は一つだけ、この世界で詩乃にしか使えない武器をくれた。


『使うかどうかは君次第』


 それは使えばそれまで。

 切り札として残しておくのもありだろう。

 しかし詩乃は使うと決めている。


「開演時間だよ」

「はい! 行こう! エイニャちゃん、セキュイちゃん!」

「うん!」

「うん……」


 栄治に促され、舞台裏からステージへと駆け上がった。

 お客さんの数は——。


「! みんな……」


 クラスメイトたちがちらほら、集まり始めていた。

 詩乃たちが頑張って準備していたのを見ていたから、観に来てくれたのだ。

 泣きそうになる。

 けれど、“知り合いしかいない”。

 これは栄治も予想済み。

 これではダメなのだ。分かっている。

 それでも、嬉しかった。

 わざわざ観に来てくれた人の心が。


「みんな……! 今日は来てくれてありがとう! わたしたちは……せーの」

「「「『SWEETS』です!」」」

「メンバーその1! 異世界から来たアイドル、相賀詩乃!」

「メンバーその2! エイニャだよ!」

「メンバーその3……セキュイ……」

「それでは聴いてください! 『夢を叶える!』」


 音楽が流れ始める。

 比較的大きな端末で、電子音で作られた曲。

 栄治の器用さには本当に頭が上がらない。


『相賀さん、君が使える唯一無二の個性は“異世界人”』

『!』

『これはこの世界でしか使えない君だけの“個性”。武器ね。元の世界に帰った時にはその個性を失う。依存すれば当然、地獄を見るだろう。それでも使うなら、俺は止めない』

『……使います』

『本気?』

『はい。元の世界に帰ったら……“異世界から帰ってきたアイドル”になればいいので!』


 顔を上げた詩乃。

 栄治は無表情でそれを聞いていた。

 三十人にも満たない、デビューライブのお客さん。

 けれど、目標の『五人』を大きく上回った。

 成功と言ってもいいだろう。


(……まあ、そのくらいじゃないと生き残れないだろうしね……)


 歌って踊るアイドルがこの世界に産声を上げた。

 それを眺めながら、栄治は人差し指を唇に当てる。


(あのレベルはゴロゴロいる。でも、ここは異世界。基準を高くしすぎるのはまずいけど、あのレベルを寛容出来るほど俺が優しくなれないんだよね……。やっぱり曲作りがネックかな……俺、作曲は本当に才能ないし……)


 ギリギリ、音痴ではない。

 音痴は叩き直した。それこそ血反吐を吐くほどに。


「すごい」

「?」

「すごいね! あれ! 楽しそう! あたしもやってみたい!」

「ちょっと落ち着きなさいなラパマ」


 青い髪の少女が駆け寄ってくる。

 あれは、アヴェリアの幼馴染で友人の青龍ラパマ。

 瞳をキラキラさせながら、舞台裏から『SWEETS』を観戦している。

 背が高く、見目もいい。

 確か、一つ年上だったはず。


「……やってみる? 君も」

「あたしにも出来るのかい!?」

「まあ、グループで始めたからにはメンバーは増えてもいいと思うし……まあ、それは彼女らに確認してからになると思うけど」

「やりたい!」

「ラパマ……」

「なあ、いいだろうアヴェリア! あんなに楽しそうに……歌と踊りを両方やるなんて!」

「でも、あなた……、……いえ、そうね。ラパマが力を貸してくれるなら……わたくしも援助しやすくなるわ」

「うん!」


 この世界の『アイドル』は生まれたばかり。

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