第13話 プロデューサーが敏腕すぎる件


 その連絡後、授業を受けて昼休み……。


「あ、神野先輩から返事が来てる……さすが……!?」


 衣装デザインデータ。

 と、添付されたファイルの題名が出ていて噴き出した。

 ぎゃほーっ! と教室であるのも忘れ、乙女としてあるまじき悲鳴をあげながら、エイニャとセキュイに抱きつく。


「ど、どうしたんにゃん」

「見て見て! 神野先輩もう衣装デザインを考えてくれたよ!」

「衣装デザイン……? 見たい……」

「見たいにゃん!」

「じゃあ開くね! せーの!」


 ぽち、とファイルを開く。

 そこにはピンクのマカロンをモチーフにした衣装、和菓子をモチーフにしたような茶色と緑色の衣装、グレープ……葡萄ぶどうをモチーフにした衣装のデザインが描かれていた。

 なんだこれは、神か。

 テンションが爆上がりする詩乃。


「かわいー!」

「……可愛い……」

「かわいい……」

「ね! すごくかわいいね! すごい! 神野先輩、すごい!」


 ぴょんぴょんと喜びのままその場で跳ねる詩乃とは違い、二人は画面に釘づけになっている。

 十回ほど飛び跳ねてから席に戻り、二人を覗き込む。

 真剣に画面を見てる。

 けれど、その瞳はキラキラしていた。

 メールには『変更して欲しい点や希望があったら言って』と、『イメージは了解したから曲は夜までに作る。そっちも振付けちゃんと考えておいて』という記載。

 プレッシャーが半端ない。

 そして……一番最後にこんな文章も。


『近くの公園でデビューライブをさせてもらえる事になったから、歌詞は明日までにちょうだい』

「…………」


 五回ほど読み直す。

 エイニャとセキュイはまだ衣装を見ているが、詩乃は最後の一文を予鈴の音を聞きながら声を出して読み上げた。


「ち、近くの公園でデビューライブをさせてもらえる事になったから……?」

「「え……?」」


 歌詞を、明日まで。

 いや、それはそれで衝撃だが……。


「デ、デビューライブうううぅー!?」


 また叫んだ。

 盛大に叫んだせいで今度こそリシンに「おい、うるさいぞ!」と叱られた。

 謝り倒したが、詩乃の意識は相変わらずそれどころではない。


「って、どういう事ですかー!」

「どういうもこういうも、言葉通りだけど?」


 お昼休みに突撃して、栄治にメールの内容を確認する。

 しかしいけしゃあしゃあと肯定されていろんな感情で「アー!」しか言葉が出ない。

 なんて事だ!


「そそそそそそんなデビューだなんて、わたしにはまだ早いですよぉ!」

「なに言ってるの。東雲の芸能科は入学して一週間後にはデビューライブが行われるんだよ」

「えっ!」


 そうなの、と思わず聞き返してしまったが、よく考えればそれもそのはずだ。

 東雲学院芸能科は主に男性生徒のアイドル育成に力を入れている。

 女子生徒は一クラスのみで、入学するのは男子よりも大変だ。

 面接の際、事前に「うちの芸能科は現在男性アイドル育成にとても力を入れており、女性アイドルはとても厳しい状態です。それでも入りたいですか」と質問される。

 もちろんだ。

 芸能科は今どこもそんな感じで、唯一受かったのが東雲学院だった。

 いろんな学校を調べすぎて、その学校でどんな事をやるのかは混ざり合っていて曖昧になっているほど。


「そ、そうだったんですかっ」

「東雲は基本『体で覚えろ』タイプ。まあ、仕事ってスムーズに終わる事もあれば、トラブルに見舞われる事もある。現地で経験を重ねて臨機応変に対応出来るようになるのが一番いいだろう。俺もその考えには比較的同意する。それに、素人に毛が生えた程度のセミプロがプロに育っていく過程を見たいファンも一定数いるみたいだしね」

「ほ、ほう?」


 そんな層がいるのか。

 なにが楽しいのだろう、とちょっと思う。


「だからとっととデビューして、仕事をこなす。とにかく数。相賀さんはそもそも才能ないんだから現場で慣らすしかないよね」

「……」


 才能がない。また言われた。

 いや、それでもやると決めたのは自分。

 俯く事はせず、まっすぐ栄治を見た。

 プロデュースして欲しいと頼んだのはこちらでもある。


「公園デビューライブのあとは、商店街の呼び込みの仕事をたくさんとってきておいた。商店街の仕事は主に三つ。店先での呼び込み。チラシの配布。店舗内でのプチライブ。呼び込みとチラシの配布は知名度と認知度のために歌うのも踊るのも我慢。プチライブは広めの家電量販店で週に二回、俺らの世界でいうところの土日休みみたいな日に午前と午後にやらせてもらえるから、そこで『アイドル』ってやつをこの世界の人たちに認識してもらう。いくらプチライブとはいえ、コネもアイドルという存在もないこの世界でそこをしくじると次がない。まずは『認知される』。これを意識して」

「は、はいっ」

「認知されて実績が出来れば信頼と新しい仕事に繋がる。仕事は自分で取ってきてもいいけど、スケジュールの管理とか俺がするから必ず俺に一度相談して。まあ、でも基本的にはダンス、歌、パフォーマンス、ファンサービスの練習を最優先にする事。主に連絡先の交換とかを持ちかけられたら俺の連絡先を渡すようにしてよね。それから……」

「はい……! はいっ……!」


 なにやら、気づくと活動で注意しなければならない事を延々つらつら昼休みが終わるまで言われ続けた。

 全部覚えられたかどうかは微妙である。

 しかし、デビューはしなければならない。

 喜ぶべき事のはずなのだが、こんなに急に決まると思っていなくて緊張の方が先立つ。

 放課後、アイドル部の部室で昼休みに栄治に言われた事を二人にも説明すると……。


「あの衣装、もう着れるにゃん!?」

「早く着てみたい……」

「ええっ」


 確かに可愛らしかったけれども。

 そんなに?


「やっほー、遊びに来たよー!」

「あ、梓くん」

「栄治に『ちゃんと歌詞と振付けやってるか確認してこい』って言われたんだけど、どんな感じ?」

「「「…………」」」


 無垢な瞳で言われて硬直する三人。

 いや、別に? 忘れていたわけでは、ないけれど?


「やばい、そういえば歌詞に至っては締切今夜までだ……」

「にゃにゃにゃにゃにゃ……」

「やった方がよくない……? 確か二分、三分、四分の三曲分が必要なんだよねェ?」

「う、うん……」

「え? まさか一曲も出来てないとか言わんよねェー?」


 出来てません。

 ……恐ろしくて口には出来ず、噤んで飲み込む。

 しかしもうそれが、答えである。

 梓の顔色が青くなった。


「え、マジならヤバいって……相手は栄治だよ……」


 ガチトーンの梓。ですよね。


「す、すぐやるよぉ!」

「がんばれ! めっちゃがんばれ! 今日中に終わらせて提出しないとマジでなに言われるか分からないぞ! あいつのお小言、精神攻撃レベルでえげつねぇから!」

「分かってるよおおおおっ!」


 さっきの昼休みだって軽くノックアウトされかけたのだ。

 ノートに歌詞……まずは一番短い二分の曲の歌詞を書いてみる。

 しかしなんだこれは。めちゃくちゃ難しい。

 書き出しがすでになにも思いつかない。

 一文字も書けずに五分が経過。


「どうしたにゃん?」

「お、思いつかない……」

「え」

「三人で手分けして考えよう……?」

「ありがとうセキュイちゃん!」

「にゃー……エイニャ絶対苦手なんだけどなぁ……歌詞ってあれだよね、音楽と一緒に喋るやつ」

「そう!」

「どんな事書けばいいにゃん?」

「えーと、えーと」

「そ、それこそテーマ……グループの傾向じゃないの?」

「それだよ! 梓くん!」

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