第28話 ファン、1号?


 誰も気づかぬまますよすよと仮眠を始めた少女たち。

 扉を開けてジュースを差し入れに来た栄治は、それを見て肩を落とした。

 床で寝るな。衣装が汚れたりシワになる。

 わざわざ今日のために作った新作衣装だというのに、こいつらは。


(まあ、今日は今までで一番いい出来だったから許してあげよう。まだまだ改善点は多いけど……始めて数ヶ月でこれだけ見られるようになったなら、だいぶマシな方だしね)


 彼女らをソファーなり椅子の上なりに寝かせ、テーブルにジュースを置く。

 衣装を作った身としては、着替えてから寝ろよなぁ、と思わないでもない。

 だがまあ、ライブは成功と言っていいだろう。

 アヴェリアは早くも営業成果が出ていると忙しそうだった。

 炎天丸にはこれから合否を伺いに行くが、横で見ていた限り『ハッピーバースデイトゥーユー』の歌が相当嬉しかったらしく耳まで赤くしていたので……。


(まあ大丈夫でしょう。むしろここからは俺たちの仕事)


 笑みを深くする。

 これで最初の目的の一つは叶う。

 この世界に爪痕を残す——アイドル文化を根づかせる。

 アヴェリアや、アヴェリアに声をかける者たちの様子を見るにそれは成功を納めたと言ってもいいはずだ。

 扉を閉めると、リシンが立っているのに気がつく。

 暗い表情。


(なんだろ。炎天丸になんか言われたのかね?)


 なんにしても、彼女たちは今疲れ果てて寝ている。

 妙な気を起こされても困るので、扉の前からは動かない。

 その上で彼を見据えて「どうかしたの」と聞いてみる。

 ナイフでも持ち出されたら……その時はどうしようか。

 殺陣なら友人、一晴の得意分野なのでつき合いで学んではみたが……彼のように『実戦』レベルではない。


「……謝りに来た」

「ほう?」

「……恥ずかしながら、アイドル部のライブとやらを見たのは、初めてだったんだ。……すごかった」

「…………」

「曲も前衛的で、踊りもあんなに激しく、しかし繊細で、指先の角度までまるで考えられているかのようで……目を奪われた。そして、目を離せなくなった……! あれは、もはや芸術だ。……お前の言葉通りだった。俺は見ませずに、エイニャと、彼女たちを否定していた。そ、それを、素直に認めて、謝りたいと思って……」

「ふーん?」


 腰に手を当てて「ほう?」と改めて首を傾げた。

 嫌悪感を抱いていた者の考え方を塗り替える……それは簡単な事ではない。

 とはいえ、栄治としてはそれならば尚の事リシンを彼女らに会わせるわけにはいかなくなった。

 その言葉を鵜呑みにするのであれば、リシンは『SWEETS』のファンになった、という事だろう。

 ならば、ファンにはファンのマナーというやつも、アイドル文化と共に一緒に教えておいた方がいい。


「でもそれなら尚更距離は守ってもらわなきゃダメだね」

「距離……?」

「そう。アイドルにはね、ファンっていう応援者……信者は必要不可欠。その数が多ければ多いほど『アイドル』には価値があるんだよね。でも、それは同時に勘違いしやすい馬鹿が増えるという意味でもある。アイドルとファンは絶対に立ち入ってはいけない。必ず距離を持たなければならない。その辺りはこれからあの子らにも教えるつもりだったけど……一足先に君に教えておくよ。ファンってのは一定の距離を絶対に守るのがマナーなの。アイドルって幻想……偶像だからね。人が理想とする偶像の体現者んだよ。それに手を伸ばすって事は、太陽に手を伸ばすって事。……理想と現実をごっちゃにしてはいけない。アイドルはアイドル、ファンはファンとして……お互いの領域を穢してはいけない」


 ぐっ、とリシンが顔を上げたまま固まる。

 色々なファンが栄治にもいた。

 今も変なのがちらほらいる。

 その筆頭が、友人の鶴城一晴だろう。

 もちろん一人の俳優として、鶴城一晴は魅力的な俳優だと栄治も思っている。……ファンじゃないだけで。

 だが一晴からすると、栄治はファンとして応援したいモデルらしい。

 雑誌を買って、出演する番組や動画を視聴してくれるのはありがたいのだが……『ファンモード』になる一晴はひたすら気持ち悪いので出来れば素の時に会いたくないのだ。

 そう、公私混同は本当に気持ち悪い。

 公私、と呼んでいいのか悩ましくもあるけども。

 とにかく『アイドル』と『ファン』は混ぜるな危険。

 応援したいなら推しには黙って応援し、お金を貢いで欲しいものなのである。

 やたら絡みたがるファンは正直、シンプルに気持ち悪くて迷惑だ。

 もちろんアイドルによっては積極的に絡みに行く人もいる。

 ただそういうアイドルのおかげで他のアイドルもそうだと思われるのは困るので、栄治としては本気でやめて欲しいと思っていた。

 お互いがお互いを敬える、そういう距離感。

 それがある方が、アイドルもファンも長続きする。


「……そ、そうなのか……」

「だからもし、あの子たちを応援したいというのなら……あの子たちの活動を認めて肯定してあげて。いつか必ずあの子たちのファンの中から勘違いする奴が生まれてくる。そういうのから守ってあげて欲しい。ファンはファンとしての距離感を守るように、他のファンを増やしながら、ファンとしてのマナーも広めてあげて」

「……難しそうだが……だが、それでエイニャや、アイガや玄武を守れるのなら……」

「よろしくね」


 なんとなく、真面目そうな彼なら大丈夫だろう。

 すっかり憑物が落ちたような顔をして……。


(なかなかいいファンを味方につけられたんじゃない?)


 どうしたら彼女らの応援になるのかを、あれやこれやと聞きながらついてくる。

 自分で考えろ、と突き放す事も出来たが、とりあえず栄治は自分がされて嬉しかった応援を色々教えておいた。

 もちろんこの世界で出来るものに限られて、だが。

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