26、晴天の霹靂(へきれき)

 

 水曜日は俺と春姫の両親が帰ってくるのが遅い。


 だから小さい頃からずっと、春姫は俺の部屋で一緒に過ごす。そして、言葉もなくおもむろに、セックスごっこを始める。


 それは当然のように。


 何かの儀式のように。


 定められたルールのように、互いの身体をもてあそぶ。


 ただ、今日だけは何かが違っていた。


「は、はい。お茶」


「あ、ありがと」


 会話がぎこちない。


 俺もそうだし、春姫はずっと正座をしている。俺が差し出したペットボトルのお茶とにらめっこしている。


 何か言葉を言おうとしては、口をつぐんでしまう。何かをいうのをためらっているのは確かだった。


 それは俺にとっても同じで、春姫に言うべき言葉を、ずっと悩んでいた。


 今日も果たして、セックスごっこをするのだろうか。そしてそれは俺たちにとって何を意味しているのだろうか。


「あの」


「あのさ」


 意を決して言おうとしたタイミングが一緒で、互いに顔を伏せる。


「い、良いよ。テッちゃん、先に言って」


「いや、春姫、先に言って」


「う、うん」


 春姫はモジモジと指をいじった後で言った。


「きょ、今日は助けてくれてありがとう」


「いや……あれはむしろ俺の方が」


「ううん。今日のテッちゃんはすごく格好良かった。久しぶりに一緒に遊んでくれて、とても嬉しかった」


「俺も、楽しかった」


「それでね、テッちゃん」


 春姫はフゥと息をついて言った。何か重大な決心をするときのように、春姫は自分の呼吸を整えていた。


 そしてまっすぐな視線を俺に送って、彼女は言った。


「しばらく水曜日に来るのは止めようと思うの」


「……そ、れは」


 途端に頭が真っ白になる。言葉がうまく入ってこない。


 春姫が水曜日に来ない?


「どうして?」


「考えたの。私とテッちゃんのこと」


 頭の中でいくつもの言葉を想像する。次に春姫が何を言うか。俺は恐ろしくて仕方がなかった。


「気持ちを整理させて欲しいんだ」


 春姫は少し間をあけて、それからベッドの上に腰掛けて、俺を見下ろしながら言った。


「今日は、最後の大人ごっこにしようと思うの」


 ズドン、と胸にナイフでも突き立てられるような言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る