38、大好きだよ


 春姫が顔をあげる。


「テッちゃん……」


 うるんだ瞳から涙が一滴落ちる。


「ほ、本当?」


「うん」


 俺は春姫に、セックスごっこをし続けてきた十年間、一度も「好きだ」と言えていなかった。


「ずっと好きだった。今まで言えなかった。今の関係が壊れるのが怖くて、言えなかったんだ」


 それが、春姫のことを傷つけていたと気がつくこともできなかった。


 ひどいことをしていた。


「だから、今言う。春姫、君が好きだ」


「……わ、私も」


 彼女がそっと手を差し出してくる。


「テッちゃんのこと、好きだから」


「うん」


「大好きだから」


 机の下で指先が合わさる。春姫の手は、俺のより少しだけ冷たかった。 


 それから。


 唇が触れる。


 胸の奥が、彼女の匂いでいっぱいになる。


「ね」


「ん?」


「もっかい、昔の呼び方で呼んで。この前、電車の中で助けてくれた時みたいに」


 すぐ近くで、囁くように春姫は言った。


「姫……ちゃん?」


「もっかい」


「姫ちゃん」


「……うん」


 春姫は嬉しそうに微笑んで、首を傾けた。


 やばい。

 可愛い。可愛すぎる。


「テッちゃん、大好きだよ」


 胸の痛みは、今まで感じたことがないくらいに強烈なものだった。けれど、不思議なくらいに心地よかった。


 もう一度、唇を合わせる。さっきより長い時間、春姫が近くにいる。小さな手のひらが、ぎゅっと俺の手をつかんでいる。


「……うん」


 何度か唇を合わせる。

 少しだけ、舌を入れた。温かく湿った彼女の舌が、俺の歯に触れた。かすかな吐息が、喉の奥に流れ込んで行った。


「テッちゃん……」


 チャイムが鳴った。

 もう下校時刻になっていた。夕日は来た時よりも沈んでいた。


「……一緒に帰ろう」


 彼女は照れ臭そうにはにかみながら言った。夕方の景色に溶けてしまいそうなほど、んだ瞳で春姫は俺を見ていた。


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