30、二人は仲良しこよし


「という訳で、練習に付き合うでござるよ。テツ殿」


「そこまでする必要があるか……」


「あるでござる。姫に恥をかかせる訳にはいかないでござる」


「はいはい」


 放課後、空き教室で俺と福男は一緒に、文化祭に向けた練習をすることにした。


 ごほんとせき払いをした福男は、高らかにセリフを暗唱した。


「『おぉ、わたしの顔はこんなにも醜い! お前から見たら、わたしは怪物にしか見えぬだろう!』」


「意外とうまいな……」


「テツ殿、姫のセリフを返すでござる」


「分かったよ」


 台本をパラパラとめくる。


 文芸部員が原作をリライトしてくれていて、一時間弱の演技時間に収まるように、物語とセリフのいくつかは改変されている。


 と言っても原作を知らないから、どこが変わっているかも分からない。俺は台本からようやく今のシーンを探り当てた。


「……『そんなことないわ』」


「もう少し気持ちを込めてくれぬか」


「別に練習なんだから良いだろ」


「姫に恥をかかせるわけにはいかぬ……」


「……」


 仕方がないので、さっきよりやや感情を込めて『そんなことないわ』と言うと、福男は満足そうにうなずいた。


「『嘘だ!』」


「『いえ、私には見えています。あなたの清らかな心は、何よりも美しい』」


 口にすると歯が浮くようなセリフを、男二人きりで練習している。はたから見たら、妙な光景に違いないが、福男の一生のお願いというのだから仕方がない。


 て言うか、何でこんなに演技が堂に入っているんだ。どんだけ気合い入れているんだ。 


「『これで良いのだ。わたしの運命はこれで……』」


「福男……もう夜だぞ」


 しかし、それも限度はある。


「まさか三時間もぶっ続けでやると思わなかった」


「もう少し。あともう少しでござる」


「購買のパンじゃ割に合わねぇな」


「今度、オススメのエロゲを進呈しんていするでござる」


「いらねぇよ。代わりにさっさとこだわりを捨ててくれ」


「姫に恥をかかせるわけにはいかぬ」


「そればっかりだな……」


 この分だと、俺も台本を覚えてしまいそうだ。


「踊りもあるので付き合ってくれますかな」


「踊り?」


「ホールでダンスするシーンでござる」


 うやうやしくお辞儀をして、福男は手を差し出した。 


「手、握るのか?」


「本番はそででござる」


「それにしたって……なぁ」


「生物のレポートを代行するでござる」


「……仕方がない」 


 ひたすら福男の相手役をこなしながら、俺の放課後は消費されていった。代わりに、しばらくは昼飯に困らなかった。


「『そうだ、お前のおかげで魔女の呪いを解くことができた。お前がわたしの心の真実を見抜いてくれたからだ』」


 ……なんで出演者でもないのに、セリフを覚え始めているのだろう。

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