19、マリーちゃん、あんまり良く分かっていない。


 

 缶のコーラを手に持った猪苗代は、額に汗をびっしょりとかいた春姫を見て、心配そうな顔で声をかけた。


「春っち、どうしたの? そんなに汗いっぱいかいて……」


「う、ううん。なんでもないの」


「なんかサウナにでも入ったみたい。佐良も、そんなベッドに横になってどうした。眠いの?」


「ま、まぁな……」


 起き上がれない。

 うつ伏せの体勢を保っていないと、股間の膨らみをごまかすことができない。俺は死にかけのセミのようにベッドにいつくばりながら、猪苗代に言った。


「い、猪苗代が行ってから、急にエアコンが壊れたんだ」


「え、普通に動いてるじゃん」


「今、直った」


「ほー」


 目を白黒とさせた猪苗代は、ポンと手を打って納得したようにうなずいた。


「道理で蒸し暑いわけだわ」


 と言うと、手で顔をあおぎながら、俺の横に腰掛けた。ちらりと視線を送ると、猪苗代の太ももがすぐ近くにあって、危うくパンツが見えるところだった。


「どっか涼しいとこ行きたいなー。もう夏休みだもんね」


 豪快にコーラを飲み干しながら、猪苗代は汗だくの俺らに言った。


「春っちはどっか行かないの?」


「私は……陸上部の合宿があるくらいかな」


「佐良は?」


「予定はないな。部活もないし、家にいるつもりだ」


「へー、せっかく高校二年の夏休みなのに」


「そう言う、猪苗代はどこか行かないのか?」


「何もないよー」


「同じじゃないか」


「そうなんだよねー……」


 悩ましげに肩をすくめると、猪苗代は「そうだ」と思いついたように言った。


「どうせだったら、三人で海とか行かない?」


「海?」


「うん、電車で行けるじゃん。どう? 佐

良の友だち呼んでも良いし」


「俺の友達って福男しかいないんだが」


「あぁ、来栖? 良いよ良いよ。じゃあ四人で」


 ノリノリな様子で、猪苗代は言った。俺を見下ろしながら、楽しそうに話している。


 正直、海はあまり好きではない。暑いのと、太陽の直射日光が嫌いだ。俺が返事を渋っていると、猪苗代は残念そうな顔をした。


「行かない? そしたら春っち、二人で行こっか」


「う、うん」


「ちょっと待て」


 猪苗代と春姫が二人で海に行くところを想像する。猪苗代はともかくとして、水着を着た春姫が、衆人の目にさらされると言うのは、気に食わない。


「俺も行く」


「本当? やったー!」


「テッちゃん、海嫌いじゃなかった?」


「嫌いだけど、行く」


 俺の返答に、春姫は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は今日イチの晴れやかな笑顔と言っても良かった。ニコッと笑うと、楽しみだなぁ、と春姫は言った。


「海なんて久しぶり」


「春っち、今度水着買いに行こうよ」


「うん!」


 水着か。

 良いな。とても良い。


「ところで佐良はいつまで寝転んでるの?」


「……しばらく無理だな」


 結局、二人が帰るまで俺はうつ伏せになったままだった。

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