4、水曜日はセックスごっこの日


 ぽっぽー。


 壁にかけられた鳩時計が顔をのぞかせる。


「あっ、七時……」


 我に返ったように春姫は起き上がる。俺も同時に布団の中から身体を起こす。


 汗ばんだ身体を扇風機でかわかして、赤らんだ顔で春姫はジッと壁の隅を見つめていた。


 セックスごっこが毎週水曜日なのには、理由がある。


 この日は、俺たちの両親の帰宅が、決まって遅くなる日だからだ。たまたま両親の仕事が遅くなる曜日が、水曜日だ。


 幼い頃から、春姫と俺は互いの家で遊んで、そして欠かさずセックスごっこをする。


 くしゃくしゃに乱れた髪を櫛で直して、春姫は再び俺に向き直った。


「テッちゃん、それで数学の宿題は?」


 話が戻る。

 セックスごっこは、複雑な数学の問題のよりも、ふれられることはないものだ。行為が終わると、跡形もなく消えて無くなる。


「……実は、まだ32ページができてないんだ」


「私も。あと、実は30ページのこの問いが良くわかんなくて」


「そこは教科書の発展問題と、解き方変わらないはずだけど」


「え、本当? どこどこ?」


 春姫は何事もなかったかのように、テーブルの上にノートを開いた。俺と春姫は同じ高校に通っていて、クラスも一緒だ。


「テッちゃんはサボリ魔だけど、地頭は良いんだよなー」


 春姫はもったい無いとぼやいた。


「もうちょっとやる気出せば良いのに」


「努力できないのも才能の一つだ」


「変なところで頑固なんだから、もう」


「仕方がないだろ。生まれつきだ。面倒臭いことは逃げる主義だからさ」


「そう言われると、そうだけど……」


 セックスごっこが終わると、俺と春姫は、どこにでもいる普通の幼なじみに戻る。

 そのことについて互いに話し合ったことは、この十年間一度もない。俺たちは無言でセックスごっこを始め、時間になれば終える。


 それが当たり前で、日常の一部だった。


 朝、決まったテレビのチャンネルを付けるような、当たり前にやることだ。


 俺はこのことを当然、誰にも言ったことはない。春姫もおそらく誰にも言っていない。


 付き合っている訳ではないし、仲が悪い訳でもない。セフレかと問われるとまた違う。


 ただ毎週水曜日にセックスごっこをする以外には、俺たちに変わったことなど何一つない。


 俺たちはただの幼なじみだ。

 春姫は、俺の両親が帰ってくると、じゃあまたねと言って自分の家へと帰っていった。


 また来週になれば、春姫は俺の部屋に来て、セックスごっこをする。これは確かなことだ。

 

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