13、マリーちゃんの勘違い


 数日経ったある日の放課後、俺は再び猪苗代マリーに呼び出された。前回と同じ校舎裏に呼び出した猪苗代は、前回と同じようにずいっと詰め寄ってきて、両手を合わせて俺に謝ってきた。


「佐良、ほんとにゴメン!」


 あまりに唐突で、あまりの急展開だったので、俺はきょを突かれてしまった。ぽかんとする俺をよそに、猪苗代は言葉を続けた。


「春っちから聞いてさ。その……佐良は痴漢から助けてくれたんだよね。それなのに、あたしひどいこと言っちゃって、本当にごめん!」


「あぁ……その話か」


 どうやら春姫が全部を説明してくれたようだった。いつもの強気な様子はどこへやら、猪苗代は真摯しんしな様子で謝ってきた。見た目と違って真面目なやつだったようだ。


 一通り謝罪を聞いた俺は「うんうん」と適当にうなずいて、猪苗代に言った。


「誤解が解けて良かったよ。それじゃ俺はこれで」


「……佐良?」


「何?」


 帰ろうとすると呼び止められたので、見返すと、猪苗代は泣きそうな様子で俺を見返していた。


「その……怒っている?」


 意外な反応だった。こんな弱気な猪苗代を見るのは、初めてだった。


「いや……別に」


「本当?」


「本当だ」


「本当に、本当?」


「本当に、本当だ。……何をそんなに気にしているんだ」


 猪苗代マリーは、俺の中ではもっと毅然きぜんとした印象だった。


 まぶしいばかりの金髪は、嫌でも目立つ。良い意味でも、悪い意味でも彼女は注目を浴びやすい存在だ。教室で寝ていると、猪苗代に関する陰口や噂が聞こえてくる。売春をしているとか、どこぞの先輩をもてあそんでいるとか、くだらない噂話だ。


 そう言う陰口を気にせずに、猪苗代はクラスで確固とした地位を築いている。


 ……と思っていた。


「その……わたしのこと悪く言わないよね」


 猪苗代が言った言葉は、そんな俺の印象とは正反対の言葉だった。


「悪く? 言う必要もないだろ。誤解も解けたんだし。第一、誰にお前の悪口を言えば良いんだ」


「いや、春っちに言うのかなー……って思って」


「春姫に?」


 あ、そういうことか。猪苗代が何を怖がっているのか、俺は理解した。


「もしかして、俺が春姫に告げ口するのを気にしているのか」


「う……ん」


 おずおずと猪苗代がうなずく。


 案外、こいつも感情的な人間だったようだ。俺が春姫にこの前のことを言うと、自分のことを春姫が嫌いになると思っている。


 そんなことある訳ないのに。


「言わないよ。第一、俺がこの前のことチクったところで、春姫がお前のこと嫌いになる訳ないさ」


「でも」


「ないない。ありえない。春姫はそんな人間じゃない。それくらい、友達のお前なら知ってるだろ」


「あ……そか」


 猪苗代は俺の言葉にうつむくと、しばらくして慌てたように大きな声で言った。さっきよりか幾分明るく、俺の知っている猪苗代に戻っていた。


「そ、そうだね! それもそうだね! あ、あたしったら何を気にしてたんだろ。もー、やっだなー!」


 照れるように髪を触って、彼女は俺に言った。


「そうだよね。春っちはそんな人じゃないもんね」


「そうだよ。俺からも保証する」


 うん、と大きな声で言った猪苗代は、普段見ないようなニッコリとした笑顔になっていた。思わずどきりとするような、晴れやかな表情だった。


 さすが、五本の指に入る美少女と、言われるくらいのことはある。

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