三十二
「そうじゃな。士ならば、恥は一時のもの。生きてそれを雪ぐのが真の大丈夫。項羽との戦を制した韓信を見よ。そしてそなたが敬愛してやまない大詩人、李太白を見よ。名を成す者は、誰しも目の前の小さな恥など笑顔で飲み込んできたのじゃ」
「えっ。姉さま、そうでしたっけ。受けた恥は三倍返しで、嫌がらせをしてきた楊国忠や高力士に死んだ方がマシに思えるくらいの仕返しをやったあげく、恨まれまくって、賜金還山って名目で追放された……ああ、それは玄宗皇帝に仕えていた、李太白って大詩人のことでしたね」
「泣かすぞ! 万年腹ぺこ漂流まな板詩人は黙っておれ! せっかくいい感じに諭しておったところをペラペラと……空気を読むとか抜かしておったのは、何かのフラグじゃったのか?」
「切れ味のある突っ込みを研究中なんですよ」
「ぬかせ。……まあよいわ、今はいったん置いておこう。それよりも優先すべき話があるからのう」
「そうでしたね、姉さま。ささ、どうぞ思う存分」
「こほん……よいか、子柳よ。余計ではあろうが、あえて言い添えておこう。そなたは滑らかに話が出来ないことを後ろめたく感じておるようじゃが、そんなもの取るに足らぬ小さな事じゃぞ」
「うん、すももちゃんの言う通りだよ。『論語』にも、巧言令色鮮なし仁、剛毅木訥仁に近しって、ねっ」
「まさに。言葉巧みにすっぺらこっぺら、まるで油でも塗ったかのように舌を回転させる者など信ずるにたらぬ。いっそ口下手である方が、心ばえは美しかろう。誠実さとは自然ににじみ出るものじゃからな。よって何の気にすることもない」
「さすがは姉さま、経験を踏まえた含蓄ある素晴らしいお言葉です。ほんと、身につまされますよね……いい、子柳君。君は漢の大学者、楊雄をお手本にすべきだよ。彼、話すのが苦手だったけれど、大著を何冊も書き上げて、その名前は千古に輝いているんだからね。君も当然その故事は学んでいるはず。ほら、だから立ちなよ」
「ふん、しれっとディスりおるわ。まあ今はよい、あとからヒンヒン泣かしてやるでな」
「もう。せっかくの大団円シーンなのに、二人とももっと場の空気を考えてよね。抱青天も苦笑いだよ」
「ふん、ブツ子にしては気の利いた言い回しよな。ま、そういう訳じゃから、そなたは故郷でコツコツ努力をし、祖先の墓を守ればよいのじゃ。やがて子をなし、年老いて、そなたの一生は終わりを迎えるじゃろう。……はは、どうやら感無量すぎて食欲など湧いてこなさそうじゃな。分かる分かる、超すごいワシらからこれだけ励まされたのじゃから。それに、何の案ずることもない。この料理はしびっちが全部食うゆえな」
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