こうして子柳は楚興義の援助によって長安への遊学が叶ったのでした。そしていずれは官吏登用試験である「科挙」に合格するため、さらに己を高めることを固く誓ったのです。


 時の経つのは早いもの、いつしか季節も移り変わり、いよいよ旅立ちの日がやって来ました。楚興義の屋敷で療養していた母親も回復し、後顧の憂いがなくなった子柳。その顔には強い決意の色が浮かんでおりました。


 馬の手綱に手をやったまま、慣れ親しんだ江南の景色を眺めると、普段よりも一層色鮮やかに感じられます。空と連なってどこまでも伸びる山嶺には、羽ばたく鳥の姿がちらほらと見え、陽光を受けてきらめく川の水面には、鱗を踊らせる魚たち。紅い花は緑の葉に包まれて映え、彼方には微かに煙る街並みが音もなくその姿を横たえております。


 彼の周りは見送りに来た同郷の仲間たちでいっぱいでした。次々と差し出される餞別の品、送別の詩。子柳は一つひとつ丁寧に受け取ると、返礼として今の心境を詩に詠いました。


 遥かな長江はとめどなく 汲めども尽きせぬその流れ

 幼い頃より共に学んだ友人たち 今日の門出を祝ってくれる

 私は浅学非才を恥じるばかり ただ蘭亭の群賢たちを仰ぎ見る

 己を高めて天下を論じ 体がすりきれるまで励もうと思う


 その詩に涙せぬ者は誰ひとりとしておりません。子柳は袖を払うと、微笑みをたたえて馬上の人になりました。いざ馬に鞭打とうとしたそのとき、彼の前に小さな影が飛び込んできました。慌てた子柳がよく見てみると、それは隣家に住む女の子でした。幼い頃はよく一緒に遊んだ仲でしたが、子柳が学問の研鑽を積むのに随って、ここ数年間は疎遠になっておりました。


 彼女は頬を染めたまま、手にした一振りの枝を差し出しました。


 それは楊の枝でした。古来より送別の場では、旅人の安全を祈って、折った楊の枝を贈る習わしがあるのです。これを「折楊柳」と申します。


 子柳はお礼を述べようとしましたが、すぐに言葉が出て来ません。目の前にいるのは十代の少女、いつも以上にしどろもどろになってしまいました。顔を赤らめて黙りこくる二人を見て、面白いと思ったのでしょうか。友人のひとりがはやし立てるようにして、


 美しい少女は もの思い

 楊を見れば 心が揺れる

 枝に手を延べ 春色を折り

 旅立つあなたに 捧げます


 沸き起こる歓声に包まれた二人が、耳まで染めたのはいうまでもありません。

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