十
そのときでした。後ろの席から、盛大な拍手の音に混じって、女の子の笑い声が響いてきたのです。
「ふひゃひゃ! 聞いたか、聞いたか? 聞いたであろう! これでワシの百二十一連勝確定じゃな!」
子柳は思わず杯を取り落とすところでした。慌てて振り返ると、そこには年の頃十才くらいに見える少女が、真っ白い八重歯をむき出しにして微笑みを向けているではありませんか。
「はは、おぬしはよおく分かっておる。ワシはびっくりするくらい気分がよい! よし、ここはワシが驕ってやろうではないか。さあ、片手には蟹のハサミ、もう片手には杯を持った持った! 酒の中で溺れるくらい、したたかに傾けるがよい」
何が起こったのかまるで理解できない子柳でしたが、少女の向かいに彼と同い年くらいの女性が眉根を寄せて座っているのに気づきました。
「姉さま。見ず知らずとはいえ、気の合いそうな者にごちそうするのは一向に構いません。これこそ我らが世界に誇る大皿文化、みんなで囲む方が楽しいのは当たり前ですから。ただ毎度の事ながら、あまりに唐突すぎると思います。可哀想にこの方、明らかに戸惑っている様子ですよ? それにあえて付け加えますが、ここは酔仙楼。姉さまが勝つのは当たり前です。ゆかりの地補正があります。よって公平な勝負とは言えません」
「あいかわらずそなたはくそ真面目で頭が固いのう。悔しければ、酔聖楼でも何でも作ってもらえばいいじゃろうが。もとはといえば、朗唱しやすい詩を作らんからこうなるのであろう? 場所を変えても結果は変わらぬ。だーれも口ずさんでくれんのは目に見えておるわ。ま、そのおかげでワシは連続百二十一回という記録をうち立てられたワケじゃし、感謝はしておるぞ。ハハ、よかったのう!」
「そんなの、やってみなければわかりません。確かに姉さまの表現は自由奔放でその着想は群を抜いています。ですが、詩とは決まりを守ってこそ佳作ができるもの。それなのに、姉さまは簡単な決まりさえ笑顔で破るではありませんか。いや、むしろ全く気に留めていないようにさえ見えます。いいですか、綿密な設計図の上に、たゆまぬ推敲があってこそ」
「きい~っ! 天馬空を行くワシの作風にケチをつけおったな! だいたい、そなたの詩はカチコチでつまらぬ。盛り上がらん。めそめそしてばかりで、ひたすら湿っぽいし愚痴っぽい。しかもやたらに難解で、注釈がないとまるでわからん。そんなに知識をひけらかしたいのか? よいか、大切なのは分かりやすさと余韻なのじゃ。誰が耳にしても、ぱっと情景が思い浮かぶようにせよ。ふん、なーにが緻密な計算の上に成り立った完璧な律詩じゃ、ワシはそんなもの知らん。ほとばしるおもいを乗せるのは古体詩に如かず、一刹那のおもいを切り取るのは絶句に如かず。なんでわからんかのう」
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