三十

 子柳は途方に暮れたまま天を仰ぎ、頬を伝う雫を拭うことなく、気持ちの赴くままに詩を口ずさみました。


 雲上ではきっと十五夜の月が輝いているのに

 雨が強く降り注いで 眺めることは叶わない

 愛しいあなたに一目会いたいと願っても

 うちひしがれて あてもなく彷徨うだけ


「なんだ。詩を吟じる気力はまだあるんだね。感心できる内容ではないけれど」


 振り向くと、そこにはしびっちが立っていました。子柳は顔を背けるや否や慌てて逃げ出しました。しかし数歩も行かないうちに足がもつれ、そのまま盛大に水たまりの中へ突っ込んでしまいました。


 あまりに惨めすぎて、涙なのか鼻水なのか、それとも泥水なのか。自分の顔がどうしてぐしゃぐしゃなのかまるでわかりません。


「フォローのしようもないことだけどね。自業自得、身から出たさび。とは言うものの、姉さまも心配しているからさ。とりあえず、酔仙楼に行こう。風邪でも引いたら後々面倒だよ。さ、つかまって」


 しびっちは子柳の手を半ば強引につかむと、そのまま地を蹴って一気に跳躍しました。屋根を伝って風を踏み、あっという間に酔仙楼の三階に到着します。子柳は何が起こったのか全く理解が追いつきません。ただはっきりしているのは、目の前では以前と変わりなく、たくさんの料理が湯気を立てながら並んでいることだけでした。


「やれやれ、面白いくらいハマってしもうたな」

「だよねえ。使い古された展開だから、そこまで驚きはしないけれど」

「そうよなブツ子。ワシらの予想どおりであった」

「まだその設定生きてたんですね」

「当たり前じゃ。設定とは首尾一貫させて用いるもの。呼び名とて例外ではない」

「たい……ゴホン、すももちゃん。子柳君に」

「わかっておる。故郷へ帰してやらねばな」

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