十三
しびっちと呼ばれた女性は、拳を振るわせながら黙り込んでしまいました。その顔は土気色、微かに青筋も浮かんでいるのですが、すももはまるで意に解することなく、手にした杯をくいっとあおります。無造作に袖で拭うと、袖口には紫色のしみがつきました。
「心配するな、子柳とやら。葡萄酒ではない。この姿での飲酒が背徳的だということは、さしものワシも理解しておるゆえ。酒精を飛ばした、いうなれば清涼飲料水じゃ。簡単に申せば葡萄の……そうジュースであるな」
子柳は驚きを隠せません。今、まさに、心の中で――葡萄酒では? と思ったのですから。先ほどもそうでした。名乗ってもいないのに、名前を知られている。子柳はただ目を泳がせるばかりでしたが、おもむろに携帯用の筆墨と懐紙を取り出しました。
そして二人が交わしていた言葉を書き記したのです。子柳の記憶力は生半ではありません。すらすらと筆を走らせました。そこには、
須莫莫(すもも)
匹痴(びっち)
陰伽(いんきゃ)
充洲(じゅうす)
と四つの言葉。意味がわからなかったので、音のみ拾って漢字に置き換えただけですが、見れば見るほど何のことやらわかりません。しばらく沈思黙考しておりました。
「確かに不思議であろうな。はは、幼い姿のワシが、ワシなどと言っておるし」
「ですね。あたしが姉さまって呼ぶのも、そうだものね」
二人が使う聞いたことのない言葉。そして、まるで心の中をのぞいたかのような言動。
子柳はぐいっと顔を上げると、
――ご先輩方、どうか憐憫を賜りまして、この若輩者の蒙を啓いて下さいますよう。ご無礼なのは重々承知ではありますが、海よりも深きお心でもって、わたくしの問いにお答え頂けないでしょうか。
そう念じてみました。すると、
「ふむ。何じゃ? 何でも答えてつかわすゆえ、遠慮なく申してみよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます