明の嘉靖年間のことでございます。江南は会稽の地に、一人の貧乏書生がおりました。この書生、姓は盧、名は廣、字は子柳と申します。何でも、生まれたときに母親がありがたい夢を見たそうで、そのお腹に真っ白な毛並みをした兎が頬ずりをするというものでした。


 そうしてこの世に生を受けた子柳は、母の愛に包まれながら元気に成長し、五才のときには四書五経をそらんじ、難解な古注は言わずもがな、古人の施した注解の誤りを指摘するほどになりました。


 子柳の家は貧しく、母ひとり子ひとりの生活でした。本を買おうにもなかなか思うに任せません。そこで子柳は、地元の蔵書家の家に出向いては経書を読み込み、全て暗記することにしたのです。これが都の書肆ならば、商売上がったりということで煙たがられるのは明白ですが、会稽の蔵書家たちは子柳の才を愛し、いくらでも読ませてくれたのでした。


 その記憶力は桁外れでした。まるで頭の中に無数の書物が丸々収まっているようで、一切本を開けずとも、古の聖人賢人の言葉をさらさらと筆墨でしたためるのです。子柳の神童ぶりは会稽のみに留まらず、南京応天府まで鳴り響くようになりました。


 彼の才は記憶力だけではありませんでした。なんと書にも優れていたのです。その証に、例えばこんな逸話がございます。

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