二十九

 季節はちょうど秋の終わり。遠くから砧を打つ音が微かに聞こえてきます。寒空の中、哀れ子柳は無一文で長安を彷徨うことになったのでした。


 しかし子柳には行くところなどありません。女に会いに行きたいものの、尾羽打ち枯らした自分になど、もはや見向きもしてくれないだろう。そう思うだに、後悔が心を締め付けます。


 故郷に帰ろうにも、先立つものがありません。よしんば路銀があったとしても、どの面下げて帰れましょう。故郷の友に会わせる顔などありません。母の墓前に手を合わせたとしても、親不孝者と罵られて打ち据えられるように思えます。いや、打ち据えられた方がずっと幸せでした。母親はもうこの世にはいないのです。叱って欲しくても、それは永遠に叶わぬことでした。


 いっそのこと、ここ長安で命を絶った方がいいのではないか。子柳はそう思いました。空はどんよりと曇り、今にも雨が降ってきそうな気配を湛えています。気温は次第に下がってきて、吹く風も身を切るかのように感じられます。


 自然は人の思惑などお構いなしに、時々刻々と変化するもの。ましてや子柳一人にかかずらうことなど万に一つもありません。とうとう雨が降り出しました。雨足は強くなり、とても歩いてなどいられません。雨宿りをしようにも、軒を貸してくれるような人は誰もおりません。

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