十一

 戸惑う子柳をよそに、少女と女性は口論を始めました。どうも詩論を戦わせているようですが、子柳はその奥深い議論についていけません。しばらく口を開けたまま耳を傾けていましたが、ふと我に返るなり、二人の間に割って入りました。子柳は丁寧に拱手をすると、


「……わ、わた、わたたた……」


 ――わたくしは江南出身の田舎者、このような議論を耳にしたことは未だかつてございません。さすがは長安、お二人のようなうら若い女性ですら詩について談論風発を交わされるわけですから、その文化の高さが窺われようというもの。お二人のおっしゃること、このわたくしにはまるで理解が追いつきませんが、きっと高名な詩人でいらっしゃるとお見受けいたします。どうか浅学のわたくしをお導き下さいますよう。


 と言いたかったのですが、まるで口が回りません。顔を赤くしたり青くしたり、冷や汗がどっと溢れ出てきます。目を伏せてもじもじする他ない子柳ですが、見方を変えれば、これも怪我の功名だったと言えるのかもしれません。子柳の闖入によって、とりあえず二人は口論の矛を収めたのですから。


「なんじゃ、おぬし。さてはワシの美貌に度肝を抜かれおったのか?」


 ふひゃひゃ、と高笑い。


「さすがにそれはないかと。明らかに幼童趣味じゃないですか」


「幼童言うな! 誰が幼女じゃ、ロリキャラじゃっ! ちっ、天帝のヤツめ……」


「姉さま。それは厳然たる事実ですから、覆りません」


 少女はたちまち顔を青紫色に染めると、歯ぎしりをしながら女性にくってかかりました。その小さな腕を器用にかいくぐりながら、女性は落ち着いたようすで子柳に問いかけました。


「ねえ君。もしかして、話すのが苦手なのかな?」


 子柳は稲妻に打たれたかのように感じました。思わず目を見張ってしまいます。


「やっぱりそうか。姉さま」


「あ? ……ああ、暫時待て」


 二人は何やら意識を集中するかのように、両の瞳を閉じました。ややあって、


「はは、なるほど、そうかそうか。ワシらを見た目で侮らないその心意気、感じ入ったぞ。まあそうは言うものの、滅多なことでは人前に姿を現さんがな、ふはは」


「そうですね。なかなか見所のある若者のようです。どうやら詩にも造詣が深そうですし」


 まんざらでもない顔の二人でしたが、


「……さて、と。なら、問うまでもないけれど。君さ、律詩と絶句、どちらが詩としてより洗練され完成された形式だと思う? 遠慮なく教えて欲しいな」

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