二十五、堕ちていく世界

 俺たちは、ルゥシィの後を追いながら階段を上りその軌跡を辿っていた。迷う事は無かった。それはまるで彼女の心を表すかのように、深い爪痕が至る所に刻みこまれていたからだ。


 とても一人の少女が行ったとは思えない惨状。文字通り斬り裂かれた重要そうな設備や研究機材、まるで廃墟のような様相であった。そして各階に配置されていたであろう手首の切り落とされた戦闘系の見張り。


「Aクラスの戦闘系天職を持つもの達をこうも安易と。そして、リングの支配だけを断つために手首を斬り落とすとは、残酷なのか慈悲深いのか」


 王女シャーロットは、感心したように戦闘系の見張りを眺め不適な笑みを浮かべる。


「確かに、この者達は腕輪によって魂を腕輪に吸収されている状態です。故に手首を落せば腕輪からの支配が絶たれ行動が出来なくなる。弱点にもなり得る訳ですが、理解していても実践するのは容易なことではありません」


 ルゥシィの育ての親である男は、信じられないと言った様子で王女へと受け応え、憂いを宿した瞳で通路の先へと視線を投げる。


「其方の育てた娘が、それだけ化け物じみていると言うことであろう?」


 男は無言で俯く、俺はその言葉に苛立ちを覚え眉を潜めるが、今ここで熱くなっている時間はない。そして今の俺は、あまりにも無力だ。


「お前達は、この者達の手当てをしてまわれ。余はこの者達と先へ行く、良いな?」


「はっ! しかし、それではシャーロット王女殿下の御身に危険が!」


 王女は護衛の者達に戦闘系の手当てを命じるが、指示を受けた一人が進み出て王女の身を案じる。しかし、薄らと口元に笑みを浮かべた王女は。


「案ずるな、自分の身は守れる。それにこの者の介抱で一人ついて来るのだ、心配なかろう」


「はっ! では、そのように致します!」


 そうして、引き下がった護衛は倒れている戦闘系の人間を運び始める。俺は、てっきり足手まといな俺をこの辺りで置いていくものだと思っていたので不思議そうに王女へと視線を向け。


「なんだ? 余が其方を連れていく事がそんなに不思議か?」


「あぁ、俺は明らかに足手まといだからな————」

「お前!! 王女殿下になんと言う口の聞き方を!!」


 俺に肩を貸していた護衛が、不敬な態度に腹を立て耳元で怒鳴る。俺は思わず顔をしかめ表情を曇らせるが。そんな様子を見ていた王女は余裕のある笑みを崩すことなく。


「よい。自由に振る舞うことを許す」

「し、しかし」


「余が、良いと申しておるのだ」

「はっ! 御心のままに」


 護衛の男は、不服げに俺を一瞬睨みつけたがそれ以上口を挟む事は無かった。護衛達の様子から見てもこの王女は余程忠誠心を持たれているらしい。

 そもそも、この国の住人は王族と触れ合う機械など滅多にない。確かに王女がいたのは知っていたが顔や声を聞く機会も与えられた記憶がない。俺がそういった事に興味がないから情報に疎いだけかもしれないが。国王の姿ですら教科書でしか見た事がないくらいだ。


 そんな事を考えていたせいか、どことなく複雑な表情になっていたであろう俺の顔を見据えて王女は。


「其方はあの娘のことを好いておるのだろう?」


「……そう言う事は良くわからない。だが大切だと思う」


 恋愛的な感情などは良くわからない。今までそんな事を考える余裕が俺の人生に無かった。もし、何も知る事なく、普通の学生として年齢相応に生きる事ができていれば、あるいは。


 ふいに、脳裏を過ぎるのはこの建物に入って倒れた後。目を開いた瞬間に映り込んだ彼女の瞳。


 なぜ、あんなに近くで見ていたのか理由は聞けなかった。だが、その時に見た彼女の表情はとても穏やかで。俺は、ルゥシィを迎えに行きたい。きっと今頃、苦しんでいるはずだから。


 王女は俺の返答に、軽く鼻を鳴らし。


「それを、好いておるというのだ。とにかく娘のところまで連れて行ってやる、自分の目で見届けよ」


「恩に着る」


 この時は王女の言葉に素直に感謝した。そして俺たちは再びその足を進め、彼女が通った道を追っていく。


 階を増すごとに、倒れている戦闘系の人間は数を増していき、俺はその光景を見るたびに信じられないと言う気持ちとその場に漂う、酷く孤独な空気を感じていた。


 やがて、辿り着いたのはだだっ広い空間。鼻をつく異臭とどこと無く不穏な空気が漂うその場所で俺は視界に飛び込んできた光景に愕然とする。


「これは……」


「まさか、あれは!?」


 俺は思わず声を失い、続くルゥシィの義父も驚きに声をあげる。その様相は悲惨なものだった。

 広い空間の中心で、薄暗い明かりに照らされていたのは屈強そうな大柄の男が斜めに斬り裂かれ、半身を切断されていたのだ。


「奴らめ、人間の尊厳を弄びおって」


 王女は意味深な言葉を零しながら不快感をあらわにし、ルゥシィの義父は死体となっている大柄な男へと近寄り観察する。


「これは、複数の天職を強制的に植え付けている? しかし、こんな研究聞いたこともない」


「其方も肝心な部分では信用されていなかったと言う事だ、よもやこんな化物まで作り出していたとは」


 二人は何か共通の認識のもとで会話をしているようだった。ただ、俺が今一番信じられない事実は。


「これを、ルゥシィがやったて言うのか」


「それ以外にあるまい? 流石に手首だけを斬り落とす余裕は無かったのであろう。これだけの化物を斬り伏せたのだ、其方の思い人もやはり化物と言うことよ」


 俺は、その言葉に思わず王女を睨みつけ。しかし、それは容認できないとばかりに護衛の男が間に入りこちらを睨み返す。


「シャーロット王女殿下、先を急ぎましょう。あの子の身にもしもの事があれば我々の目指してきたものが」


「わかっておる、其方も心を決めておくことだな? もう其方の知る娘ではないかも知れぬ」


「——っ!? それは一体どう言う」


「ついて来ればわかることよ、この先にその娘はいる」


 俺は、やり場のない感情と押し寄せてくる不安に心を乱されながらも、先を進む二人の後に続いた。






 □■□■□






 私は、階段を登って。登って、登って。行き止まりのような部屋についた。


 そこには、少し高い場所から手すり越しに私を見ている人がいて。笑っていた。広い部屋、大きな窓が沢山並んでいて、見たことない機械と色んな部屋の映像が流れている画面が沢山あった。

 全部壊そう。ここには敵がいない、とにかく全部壊せば、また敵が出てくる。


「ぉおっと、この場所は壊さないでもらえるかな? ルゥシフィル君?」


「————」


 笑っていた人が話しかけてきた。あれは敵? 違う、弱すぎる。敵じゃない。


「君は実に面白い存在だルゥシフィル君。君のお父さんが血迷って生み出した、歪な傑作にして最高のガラクタだよ」


 性別は男、細い目に紫色の髪をオールバックにしている偉そうな服を着たおじさん。声を聞いていると胸のあたりが何か気持ち悪い感じだけど、それもどうでもいい事だった。私はここを壊して次の階に登る。


「君という存在には非常に興味を唆られるが、同時に我が国にとって脅威でもあるのだよ? だから君の研究は死体になった後でやらせるとしよう」


 男の人は私に向けて何か、喋り続けていた。立ち止まって話を聞いてみたけど良くわからない。私はやるべき事があるのだから。私のやるべき事。私の————


 私は何? 私は誰? 関係ない。私は戦うだけ、ただ殺すだけ。


「まさか、君のような少女が『ゴリアテ』を倒すとはね? あれにはかなりの費用と時間が掛かったのだよ? だぁからっ! 君の相手にふさわしいものを用意させたのだ!! 楽しんでくれたまえ」


 男の人が何か喋った後、奥の扉から二人の人間が出てきた。手に腕輪。敵だ。片方の顔を見るとなぜか胸の奥が騒がしい。私はとにかくこの人達を殺す。存在しなければいけないから。




————あ、れっくすくん




「どうかね? 我が国最強の勇者と、今回新たに開花した勇者! 特に新しい方は最新の技術を多く取り込んだ我が国の最高傑作だ!! 喜びたまえ!! 君の実力は彼の力を試す実験体として申し分ない」


 一人が剣を抜いた。胸の奥が騒がしい、なぜこんなに騒がしく痛むのか。私は手にした漆黒の刀、その刃先を胸の中心へと軽く刺す。胸の中が静かになった。これで集中できる。


「準備はいいようだね? 最高の状態で戦ってもらわなければショーにならない!! さぁ、我々を楽しませてもらおうか?」


 相手が誰でも関係ない、私は二人とも殺して私の居場所を守る。


 私達は同時に地を蹴って互いの刃を交え————


「ルゥシィ!!」



 どこからか聞こえたその声は、私の心をまた騒つかせた。



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