十三、世界
私達は現在、大量のクレープを口に詰め込んでいる。それはもう、気分が悪くなる程に。
「あなた達が来てくれて助かったわぁ? 今日はお客さん少なかったから、たぁくさん余ってるのぉ」
「あ、あごごもごいもぐ(ありがとうございます)……んはっ! でも、もう無理です! もう入りません」
「あら? そんな事言わないでぇ? おねぇさん悲しくなっちゃう、だから、ね? あぁーん」
「ぁ、ああぁぁーん」
厳密には私が拷問を受けているという方が正しいかもしれない。現にエリシアとレインくんは隅の方でひっそりとクレープをハモハモしながら目を合わせないようにしている。
クレープ屋さんのお姉さんこと『ロゼ・カーミラ』さんは、夜中に不法侵入してきた私達を受け入れ、一先ず落ち着いて話をしようと、私達のために暖かい飲み物、そして主に大量のクレープを準備してくれた。
ロゼさんは国から脱出させてくれると言っていたが、彼女の事は今の所、名前以外わかっていない。
「ろ、ロゼさんは、一体何者なのですか? 国を出るってことは外の事もたくさん知って——はも」
「まぁ、まぁ、とりあえず食べて落ち着いて? ねぇ? 焦らなくてもあなた達の知りたい事は教えてあげるから」
「わひゃひまひた(分かりました)、よろひふぅおねまいひまふ(よろしくお願いします)」
口の中に甘味を詰め込まれ、涙目の私は半ば強引に黙らされた。ロゼさんは怖い、これはわかる。
「ところで、あなた達はほんとにいいのかしらぁ? ただ巻き込まれただけなら早くお家にかえりなさい?」
その雰囲気に威圧的な空気を纏い、隅にいた二人へと一瞥を投げかけるロゼさん。エリシアはわずかに肩を跳ねさせ、彼はその視線に覚悟を決めたような瞳で応える。
「俺に、帰る家はない。それにここまでの事をしでかしたんだ。もう手遅れだろう」
「あ、あたしだって……ルゥシィの親友は、あたしだけなんだから!! 放っておけるわけない!」
「エリシア」
怖いのだろう、僅かに手が震えている。だけど必死で思ってくれる親友の姿を見て、私は心から救われたのだ。
「そぅ? おねぇさんの話を聞いちゃうと、もう二度と同じ生活には戻れないわよ? そんな覚悟があるのかしら?」
「俺の覚悟ならとっくに出来ている」
「二度と、戻れない……いいよ。 あたし、ルゥシィとどこまでも一緒にいく。 絶対離れたりしない!」
「あらぁ? 案外タフねぇ? おねぇさん、エリシアちゃんも嫌いじゃないかもしれないなぁ?」
「あなたには好かれなくても結構よ! ルゥシィは、ずっと一人ぼっちだったあたしに居場所をくれた。家族って言ってくれた。
エリシアはその表情に決意を宿し、力強く言葉を発した。そして、暖かい色を宿したエメラルドグリーンの瞳を揺らしながら優しくこちらへと微笑みかける親友。ただ、なぜだろう。彼女の瞳が見据えているのは私、だけど
——幼い手。手を繋ぐ二人。公園。交わしあった言葉——
砂嵐に覆われたような視界、不鮮明な映像。映し出される景色は、
私の知らない記憶、知らない思い出。誰? エリシアが見ているのは、誰なの?
霞がかった景色を見るような瞳で笑顔を返す私を、彼だけが静かに見つめていたような気がする。
□■□■□
「少しは落ち着いたかしら? ルゥシフィルちゃんはともかく、あなた達も物好きねぇ? おねぇさんは嫌いじゃないけど?」
片目を瞑って微笑むロゼさんは、二人の言葉を聞きいてから最初の重い空気を解き和やかに接してくれている。
「まずは、おねぇさんの事からお話ししなきゃね? 私はある組織のメンバーで、簡単に言うとねぇ? ルゥシフィルちゃんみたいな境遇の子。まぁ彼女みたいに逃げちゃったケースは稀だけど? 同じような子達を解放してまわっているの」
ロゼさんの言葉に全員が目を見開いて反応するも、開きかけた口を遮るように指を立て口元にあてた。
「でもね、ルゥシフィルちゃんみたいに戦闘系の子達をみんな解放出来るわけじゃない。手遅れの子達も沢山いるの。そうして私達は解放した子達に自由意志のもと、選択を与える」
「……選択」
ロゼさんの言葉を繰り返すように、彼は小さく呟いた。
「そう、そのまま誰にも追われる事なく、ひっそりと静かに暮らすか……この理不尽な世界と戦うか」
「世界と戦う?」
私はその言葉に戸惑いを覚えながらも、真剣な表情で語るロゼさんへと視線を向ける。ロゼさんは笑顔で頷き返し更に言葉を続けた。
「戦闘系の子達が、腕輪をはめられた後どこかに消えていくのは知っているわね?」
「あぁ、わかっている」
「レインくん」
「ど、どこに連れて行かれるのよ」
視線を落としどこか寂しげに応えた彼、そしてロゼさんの言葉に対して必死に動揺を抑えるエリシア。
ロゼさんは僅かに唇を噛んだ後、その口から真実をゆっくりと吐き出す。
「戦場よ。今まさに世界で起きている、くだらない
「ぇ!?」
「戦争だと?」
「な、何よ戦争って?! そんな話聞いたこともないしっ! 現に何も起きて——」
「そうね、あなた達はまだ知らされていないわね? でもこの国の大人……ある一定の年齢を越えた人達はみんな知っているわよ?」
「なに!?」
「そ、そんな事」
「ちょっと待って! じゃぁうちのパパとママも知ってるって事!?」
驚きに思わず声を上げる私達を見つめながら、しかし、ロゼさんは取り乱すことなく続けた。
「多分ね? この国がなぜ平和か、何の犯罪も起きないか、みんなが笑顔で暮らせるかわかる?」
「わ、わかりません!! なんで、笑っていられるのか! そんな事知っていて、なんで——」
「知っているからよ」
「ぇ?」
「自分たちの平和が、幸せが、犠牲と生贄の上に成り立っていることを知っているからこの国は平和なのよ? 異常な程にね」
誰も言葉が出ない。ただ驚愕に目を剥き、許容できない言葉への問答をひたすらに繰り返す。信じていた者に裏切られた絶望。自分たちが何一つ知らなかったことに対する憤り。
「腐ってやがるっ!」
彼は衝動的に、壁へ拳を打ち付けた。そんな様子を静かに見つめていたロゼさんは肩を竦めながら。
「あら? そうでもないわ? 人間の心理なんてそんなものよ? 自分は誰かよりマシ。誰かより豊か。今もどこかで犠牲になっている誰かに比べれば幾分か幸せ。自分よりも不幸な誰かがいるだけで人は幸福を実感できるものなの」
「そ、そんなのって、そんなの……あんまりだよ」
私は掠れるような声で、無気力に呟く事しかできなかった。同時に納得できないと、エリシアはロゼさんへ詰め寄り。
「それが本当だったとして! 戦争ってなんなのよ!? 国を襲ったりする敵と戦うことが戦争じゃないの? 大昔に人間が手を取り合って魔物? なんかよくわからないけど国を襲った敵を追い払ったから戦争は終わったって!!」
「あら、意外とその辺のことも教えているのね? まぁ肝心なことはねじ曲げているけれど」
詰め寄るエリシアを軽く受け流した彼女は、そっとエリシアの頭に手を乗せポンポンと軽く叩く。
「なによ、肝心なことって」
「まぁね? それは、そのうちわかるわよ。それよりも今知るべきは世界で起きている戦争について」
「……教えてくれ、今世界はなぜ争っている」
そして、確信をつくように彼は真剣な瞳でロゼさんを見据えながら問いかけ。ロゼさんは息をつくように一旦目を瞑ると、怒りにも似た複雑な表情を浮かべながら応えた。
「争いなんて呼べるほど、正当なものじゃないわね? 戦争ごっこっていうのは比喩ではないの」
「どういう意味ですか?」
「ゲームをしているのよ、戦闘系の子達を駒に主要国家同士のあらゆる権利を賭けた……
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