二十八、レイン・エバンス

 

「シャーロットちゃんは下がって、ここは私が」


「王女殿下と呼べ、ルゥシフィルよ。そして、無用な心配だ、其奴は余が手ずから相手をせねばならない男だ」


 悠然と剣を構え佇む鎧の人——シャーロットちゃんにルークと呼ばれたその人は、レインくんのお兄さんと同じ名前で。レインくんはその名前に動揺を隠す事ができず、言葉を失っている。


 まさかこのタイミングで、このような形で再会を果たさなければいけないなんて。運命はどこまで彼に残酷で、彼を追い込むのか。それでも、戦わなければ。それはきっと私の役目だから。

 今この場所で戦えるのは私だけ。シャーロットちゃんはああ言っているけど、戦闘系でもない彼女にあの人は絶対に倒せない。肌がひりつくようなプレッシャー、私でも勝てるかどうか。

 それでも、やるしかない。もしかしたら、この国を出なくても、これ以上逃げなくて済むかもしれない。だから私は、こんな所で負けてられない。


 瞬間、鎧を纏ったルークさんが動いた。私は手にした刀を顔の横に構え、迎え撃つ。


「下がっておれと言っているだろう? 其奴は余が討たねばならない!」


 そんな私の前に、手をかざしゆっくりとルークさんの方へとその足を進める彼女は、華やかなドレスのスカートをなびかせ凛とした佇まいで立ちはだかる。


「で、でもこれは、戦闘系である私の——」

「鈍いやつだ、余の格好を見たらわかりそうなものだが?」


「ぇ、それって……」


「余のもとへ来い《魔剣グラム》」


 彼女が天に向かって掌を掲げる。周囲の空気が震えるのがわかった、そして怪しげな紫黒の光を伴いながら虚空より現れたのは、一本の大きな剣。十字の装飾がなされた美しくも怪しげな光を纏う大剣は彼女のもとへ、まるで主人に付き従う従者のように寄り添い、浮遊したままその場に留まっている。


「これで文句はなかろう? ルゥシフィルよ」


「シャーロットちゃんも戦闘系の人だったなんて! 凄い!! カッコいい!!」


「そ、そうか。余はカッコいいか……」


 私はこの場にあって、どこか仲間を見つけたような高揚感に満たされ目を輝かせる。彼女もなぜか耳を赤らめると一瞬だけ俯き、再び力強くルークさんを見据えたまま。


「其方は、奴を仕留めろ。余が此奴を引き受けよう」


「うん、わかった!! 無茶しないでね? シャーロットちゃん」


「殿下と呼べ、ルゥシフィル——」


 彼女は正面に手をかざし、まるでタクトを振るように宙に浮かぶ大剣を操りながらルークさんと激しくぶつかり合う。そして、私は。


「あなたは、私が倒します」


 鋭く眼光を叩きつける先は、面白くなさそうにこちらを見据える紫の髪色をした、偉そうな人。


「ガラクタがぁ、調子に乗るな!! おまえのような者が本来、私に口を開くこと事態不愉快なのだ。おい!! いつまで寝ている!? 少しは役にたて、この出来損ない!!」


 その手には何かを操っているように薄い端末が握りしめられていた。あれを壊せばもしかしたら。


 私が狙いを定め、真っ直ぐ跳ぼうとした瞬間であった。真横から、目を剥き、尋常ではない様相の彼が再びこちらに向かい、床に刺さった剣を抜き向かってきた。


「アレックスくん」


 剣を手にした彼の全身が光を放っている、速度も圧迫感も先程までとは桁違いだ。


 しかし、私はそんな彼の一撃を冷静に受け流すと標的を彼へと変え、改めて向き合う。


「ごめんね、アレックスくんが悪くないのはわかっているんだけど……やっぱり手加減は出来そうにない」






 □■□■□






 俺は、ただ見ている事しかできないのか。王女は兄さんと剣を交え、ルゥシィはアレックスと向き合っている。俺は王女と戦っている兄の方へと視線を向ける。

 纏っている雰囲気に以前のような穏やかなものは一切感じられない、まるで無機質な鎧そのものようだ。俺に反応することもない。王女は何か因縁があるような口ぶりであったが、そんな王女にすら反応しないと言う事は、やはり、腕輪による支配を完全に受けているのだろう。


 ロゼの話では、段階があると言っていた。十年近く経っている兄はともかく、なぜアレックスまで完全に支配されているのだろうか。


「あいつか、あいつが無理やりアレックスを、あいつは一体何者だ?」


 俺は、薄ら笑いを浮かべながら様子を伺っている男を見据え、肩を支えている王女の護衛に問い掛けた。


「あの方は、ロズワルド侯爵公。今は亡き国王様の実弟であり、まだ成人されておられない王女殿下に代わり政治を納めていた。王女殿下を除けば実質この国のトップという事になる、歯痒い限りだが」


 護衛の男は強く歯がみしながら俺に語った。国王を暗殺したなんて話を王女がしていたあたり、今の状況を鑑みれば奴が全ての黒幕と見て間違いない。



 ————俺にできる事。俺が、この場所にいる意味は。



 そっと腰に携えている冷たく重々しい感触を確かめながら、俺は必死に戦う二人の少女達を見つめる。






「ふん、支配されても剣の冴えは変わらないか。ルーク・エバンス!!」

「————」


 王女は掌をかざしたまま、身の丈ほどもある大剣を触れる事なく。真上から切り掛かったと思えば、正面背後、上下左右。あらゆる角度から縦横無尽に飛び交う剣撃は、一見理不尽な蹂躙にすら思える程に圧倒的な猛攻であった。並の人間、例えば相手がアレックスであったならばもう勝負は付いていたかもしれない。しかし、兄は。


 あれだけの猛攻を、尽く防いでいた。弾き、いなし、流れるような身のこなしで剣筋を変え、受け流す。何か特別な力を行使しているようにも思えない。アレックスのように光を纏った剣を使用するでもなく、ただ純粋な剣技のみで嵐のような剣撃を防ぎ。


「——っ」


 一瞬の虚を付いて、一気に王女の懐へと飛び込んだ兄は躊躇なく剣を振りかざし。しかし、王女もとっさに後方へと回避すると同時に、兄さんの背後から大剣での剣撃を仕掛ける。だが、予期していたかのように振り向き大剣を弾いた。


「このフェイントも其方には効かないな……当然といえば当然だが」


「————」


「……もう、言葉すらでないか」


 王女はどこか寂しげに兄さんを見つめ、大剣を自らのもとへと呼び寄せた。


「レインと言ったか? 其方、此奴の弟だろう」


「あぁ、ルーク・エバンスは俺の兄だ」


 掌をかざし、再び兄との剣撃を開始した王女は、俺を振り返る事なく背中越しに語りかけてきた。その声色にあまり余裕の色は伺えない。


「悔しいがな、余ではこれが精一杯だ……しかし、奴の中にはまだ僅かにルークの魂が残っている、余はそう、信じている」


「俺は、俺どうしたら……」


「信じろ!! 其方の兄はまだ生きている」


「————!!」


 その一言だけを告げ、王女は再び兄との命懸けの戦いに集中していく。彼女は俺に何を伝えたかったのか、安心させようと? いや、そんな事考えている余裕なんて。


 王女は必死に戦っている、なぜ? なぜ王女はあんなにも必死になって兄さんと戦っているんだ。一国の王女が、他にやりようはあるはずだろ? 何故自ら死地に飛び込むような真似を。

 漠然とした疑問だけが頭の中を駆け巡る、俺は何のためにここにいるのか。俺に力があれば、戦う力があれば……兄さんを守って、彼女達を守る力があれば。



 ————そうか、王女も俺と同じ……守りたいんだ。兄さんを大切に思ってくれているからこそ。



「——ぁぁ、いい加減にしろよ。馬鹿野郎」


 ふいに漏れた呟きは誰に対してか、意味もよくわからないが。一つだけ、俺の中で何かが弾けた。


「いい加減目ぇ覚ませよ、くそ兄貴!! これ以上誰かを傷つけてんじゃねぇえええ!!」


 その場にこだました叫び声は、一瞬だけ兄の動きを止めたような気がした。そして、俺の魂は俺の叫ぶ声に共鳴するようにその力を解放する。


「ふん、ここに来てまさか力を覚醒してみせるとは。さすが其方の弟ということか」


「……」


 心地いい感覚だ。内側から力が溢れてくる。全身を覆う白銀色の光が俺の傷を癒していく。折れた足、傷ついた皮膚その全てを完全な形で蘇らせる。


「もう、誰も死なせない!! ここは俺の《聖域》だ」


 俺は、一時的に得た加護の力を持って鎧を纏う兄の元へと駆け寄り思い切り組み付いた。兄は煩しそうに俺の身体に刃を突き立て、殴り、引き離そうとするが今の俺は傷を負わない。《聖域》の中では俺と俺の守るものを傷付ける事は出来ない。


「王女!! あんたは“あの化け物”を!」


「見えておる! 余に指図とはいい度胸だっ」


 王女は標的を一時的に変えると大剣を操り、勢いよく飛ばした。


 擬似的に作り出された白銀の聖堂が部屋全体に展開して行く。そして、俺は“彼女”の姿を確認する。力強く頷き返す彼女の姿に、底知れない安堵を覚えた俺は、とにかく叫んだ。

 彼女なら救ってくれる、なんの根拠もないが今のルゥシィにはそれが出来るような気がした。


「頼む、ルゥシィ!!」


 ————そして白と黒の閃光がその場を駆け抜ける。


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