二十九、敗北と狼
「アレックスくん、どうか正気に戻って」
「ぁぁぁ、ぁああ————!?」
彼は、全身に光を纏い、凄まじい速度で連撃を放つ。物理的に身体を強化した上で更に魔力を行使した能力の向上。それは、もはや人間の技を超えているのではないだろうか。そんな力を行使して、彼は無事で済むのだろうか。私は、彼の剣を受け、いなしながらそんな事を必死に考えていた。
余裕があるわけではない。ただ“ルゥシフィル”と私本来の力を取り戻した事で私自身の能力は飛躍的に上昇していたのだ。
彼の動き、剣の軌道、その全てが手に取るようにわかる。だけど見えるのと動くのはまた別の問題で、彼の攻撃を防ぐ事は出来ても、その猛攻は止む事なく、中々隙を見いだせずにいた。
私の力『桜花刀剣』は本来、ルゥシフィルの力でも、私自身の力でもない。二人の魂が存在したからこそ生まれた『スキル』私は“破魔”という闇を討ち払う力を、ルゥシフィルは“影”に属する力を持っていた。この二つが本当の意味で一つになった今だからこそ“私”にしか出来ない力が使えるはず。
「いい加減に仕留めろ!! この愚図めが」
人が真剣に状況を打開するべく考えを巡らせながら攻撃を捌いている最中に真上から聞こえる嫌な声。そして手に持った端末を何やら弄り始め。
「うるさいなぁ」
私は、苛立ちを顕にしながらも、このままでは埒が明かないと意識を集中する。
スキルとは何か。私の力は私の思いによって形を変えることが出来た。“天職”が魂に由来するものだとすれば、同様にスキルも私の魂に依存するはず。だったら私の思いを心を、もっと鮮明にイメージ出来れば————考えの中に一筋の光が過った瞬間であった。
「ぐ、ふぅぅあああっ!!」
「アレックスくん?!」
突如として、頭を抱え苦悶の表情を浮かべながら呻き声を上げる彼はその様相を変質させ始める。
「アレックスくんに何したの!?」
「ははは!! これは大変希少な天職『獣人』の力だよ、世にも醜い獣となり果てた旧友に屠られるがいいさ」
「獣人!? 何よその天職!! あなた人間をなんだと思って——」
「人間? 貴様らのような汚れた血を持つもの達が人間だと? 我らに使役されることしか能の無い下等な生き物の分際で我々と同じ立場を名乗るなど、虫唾が走る!!」
私の中でざわりと何かが湧き立つ。こんな感情は今まで一度も感じたことがない。それは純粋で、一点の曇りもない、心の奥底から込み上げる純然たる殺意。
「……私の中で“彼女”が、ルゥシィフィルが怒っている。あなたは殺さなきゃいけない人間だって」
ぞわりと、全身から溢れ出る純粋な殺意は目の前の脆弱な人間を竦みあがらせるには十分な圧であったようで。
「ぶ、無礼もの!! 愚図が、早くそいつを殺せ!! お前も廃棄にするぞ」
苦悶に悶えていた彼はいつの間にか震えが治り、ゆっくりとその顔を上げ、私の前に立ちはだかる。
「————アレックス、くん」
彼の様相は、もはや人間とは形容し難いものであった。口元には突き出た牙、犬よりも尖った鼻先。瞳孔の開ききった瞳は獣そのものであり、皮膚は茶色の毛で覆われ頭部には獣の耳を生やしている。
その姿はまさしく人と狼。その中間に位置する異形の姿。
「ぐるぁあ————!!」
あまりの衝撃に目を丸くする私の前で、ただ彼は、ゆらりと立ち尽くしたまま。刹那、その姿が視界から消えた。
「ぐっ————」
突如背後に気配を感じた私は咄嗟に刀を構え、その一撃を凌いだが手に伝わる痺れがその威力を物語っていた。彼は、一瞬で背後に回り込み片手に持った剣で軽く私に斬りかかっただけ。先程までとは速度も威力も桁違いに跳ね上がっている。
私は咄嗟に向き直り、刀を強く握りしめるが再びその姿を見失う。
「どれだけ早いの——っ!!」
その直後、左肩に強い衝撃を感じた時には、もう私の身体が宙を舞っていた。激痛にもぎ取られそうな意識をなんとか保ち体勢を整えようとするが、そんな暇は与えられず。
「————っかは」
身動きの取れない空中で真下からのアッパーをまともに腹部へと受け、血の混じった空気を強制的に吐き出させられ。更に落下の速度を載せた踵を背中へと撃ち込まれる。
「————」
味わった事もない衝撃が全身に響き渡り、凄まじい勢いで叩きつけられた床には亀裂が走る。全く身体が動く気がしない、意識を保っていられるのが不思議なくらいだ。
全く反応出来なかった。人外と成り果てた彼の力は大凡人間の尺度を超えている、空中での一撃が剣で刺し貫かれていたならば、私は間違いなく死んでいたであろう。
なぜ、そうしなかったかはわからない。良心がかけらでも残っていたのか、絶対的な差を見せつけるため、嬲るのが目的であったのか。
しかし、それも長くは続かないだろう。次の一撃で間違いなく私は死ぬ、そして、その足音はゆっくりと私のもとへ近づいてくる。
これが私の物語なのか。意味がわからないまま逃げ惑い、流されるままに事実を突き付けられ、混乱して暴走して。やっとの思いで真実に辿り着いた——父の言葉、母の想い、私という存在の意味。
レインくんのお兄さん、アレックスくん。この国に、いや、あの人に虐げられている戦闘系の人々。私は何のために生まれ、何のためにここに居るのか。
私にしか出来ない事、私が与えられた力の意味……
「ははは、無様だなガラクタ……案ずるな、貴様は死んだ後この国の為、新たな研究の材料となり我々に貢献できるのだ。最高の誉であろう」
視界のはじに映り込んでくる、醜悪な笑みと耳障りな声。
「————っ」
今だけは、あの人に感謝しよう。余計な事を口走ってくれたお陰で、意識を取り戻せた。今、私に出来る事、私にしか出来ない事。
————私だけの力。何かを壊す事で、大切な人とその思いを守ることが出来るのなら。
彼が“私”の前で立ち止まる。そうして一気に振り下ろされた剣は確実にその首筋を捉え。
「やれ————」
「あり得ないから——《
「な、んだ、と……」
目を白黒させながら胸元から突き出た真っ黒い刀身を見て愕然とする男。その視線の先で首を両断された“私”が影の中へ溶け込むように消えていく。
「これは、あなた達が弄んだ“ルゥシフィル”の力。あれは影、そしてあなたは、これで終わり」
「——が、らくた……ご、ときがぁっ」
背中から刀を抜き、男はゆっくりと膝をついて倒れ込む。その手からこぼれ落ちた端末を私は漆黒の刀で床へと突き刺し。
「これで、誰か一人でも、救われるなら————」
もう動けない——私の力、最後に間に合ってよかった。アレックスくんは。
「————」
ギラギラとした瞳で未だにこちらを見据えている。やはり、端末を破壊するだけでは彼を元に戻せない。もう一つの力なら、もしかしたら何とか出来るかもしれないけれど。
もう、ダメだ。身体に力が入らない————せめて、レインくん達だけでも逃さないと。
意識が遠のいていく、彼が獣の鼻をひくつかせこちらに向かって来るのが見えた。凄まじい勢いで接近する鋭利な牙を見つめながら。
————ごめんね、お父さん……私もそっちに。
刹那、部屋全体を覆い尽くすような白銀の優しい光。そして、先程まで鉛のようであった身体が驚くほど軽くなり。
しかし、眼前に迫った彼の牙を止めることは出来ずに————そう思った矢先、彼の肩口に突き刺さった大剣。何が起きたか認識する間も無く大剣と共に壁へ打ち付けられた彼の姿を見て、驚きに目を見開き大剣が飛んできた方角を確認すると。
「案ずるな! 死んではいない、むしろそのぐらいでなければ其奴は止めらないだろう」
「シャーロットちゃん!? お兄さんは? この光は一体!?」
ふと背後を振り返ると、そこには真紅のドレスをボロボロにして立っている王女の姿。
「ルゥシフィルよ、其方には礼を述べねばなるまい————その男、父の仇を打ってくれた事、心から礼を言う」
「いいえ、これは私の決意の現れだもの————戦闘系の天職を持つものとして生まれた“私”の決意」
彼女は静かに頷くと、私にある提案を持ちかけた。そして、私は深く息を吐きながら彼女を見据えて頷き返す。
「ここは余が引き受けよう、其方の力であれば、あやつも救ってやれるかも知れぬ、それに」
親指と顎で彼女が指した方向へ視線を向けると必死にお兄さんを押さえ込む彼の姿、そして信頼に満ちた瞳で私を見据える彼の姿があった。
「レインくん」
「何も知らぬ奴の方が、其方を信じておるようだしな」
「ルゥシィ、頼む!!」
ずっと、一人で抱え不器用に戦ってきた彼が、私を信じて呼んでいる。私の力を頼ってくれている。
私は力強く彼に頷き返す、そして私の中に宿るもう一つの力を顕現させた。
「今行くよ、レインくん《
私の手に現れたのは、魔を払う神聖さを宿した純白の刀。漆黒と純白二振りの刀を両手に携え、私は彼の元へと走った。
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